シャーロック・ホームズの謎解き --- 長谷川 良

北朝鮮音楽楽団「モランボン楽団」の北京公演が12日、突然キャンセルされ、楽団メンバーは帰国した。楽団の公演中止について様々な憶測が流れている。モランボン楽団は金正恩第1書記の要請で2012年、結成された女性楽団だ。中国公演は北京・国家大劇院で12日から14日まで開かれる予定だった。そこで日韓メディアが報じたモランボン楽団突然帰国に関する憶測情報を整理してみた。

①金正恩氏の「水爆保持発言」と中国側の観覧者の格下げ説

最有力説は、金正恩氏の水爆保持発言を受け、核協議のホスト国を務める中国側が激怒、その制裁として観覧者の格下げ(党政治局員から次官級)を決めたという。それを聞いた金正恩氏が激怒し、急遽公演の全スケジュールを中止させた。韓国・聯合ニュースが13日、中国政府消息筋の話として報じている。

朝鮮中央通信(KCNA)が10日報じたところによると、金第1書記は平壌の平川革命史跡地を視察した際、「今日私たちの祖国は自衛の核弾、水素弾(水素爆弾)の爆音をとどろかせられる核保有国だ」と語ったという。

②「モランボン楽団」員の亡命説

金正恩氏時代に入って脱北者の数は急増している。金正恩氏の党・軍幹部への冷酷な粛清を知る幹部たちの間で動揺がある。モランボン楽団は金正恩氏が結成しただけに、女性楽団員の中にも不安がある。北京公演の機会を利用して亡命しようとする楽団員が出てきても不思議ではない。中国反体制派メディアによると、2人の楽団員が亡命したという。金正恩氏は楽団員の亡命に激怒し、全公演を中止させ、帰国させたという説。

③元恋人報道に対し、金正恩氏が激怒し、李雪主夫人がキレた。

女性楽団長の玄松月(ヒョン・ソンウォル)女史が金正恩第1書記の過去の恋人、初恋だったという報道が流れた。それを聞いた金正恩氏、ひょっとしたら現夫人の李雪主夫人の怒りにも触れ、楽団急遽帰国命令が出たという説。

④公演実務レベルでの行き違い説

中国国営新華社通信が報じたもので、「公演中止の理由は実務レベルのコミュニケーションで行き違いがあった」からだという。「この報道を踏まえれば、公演そのものに関する問題で中止となった可能性が高い」(朝鮮日報電子版)。

⑤中朝両国政府内で「事故」、「事件」の発生説

モランボン楽団の北京公演は最初から中朝関係改善という政治的シグナルを送ることが狙いだった。その公演中止の背景には「両国政府間に事故か事件が起きた可能性が高い」と予測されている(海外中国反体制派メディア「大紀元」)。

現時点では、以上、5つのシナリオが流れている。

そこで各シナリオについて、当方の考えを少し述べたい。

②のシナリオは時間の経過でその真偽は判明するだろう。平壌から何人の楽団員が北京入りし、何人が帰国したかを調べれば、亡命説の真偽は明らかだ。④のシナリオが当たっていたとすれば、「真理は案外シンプルだ」ということで終わるが、今回は中朝両国関係改善といった政治的目的があった公演だ。それを実務レベルの意見対立から公演を中止するだろうか。西側の音楽グループの公演だったら考えられるが、モランボン楽団の場合、考えにくい。

①、③、⑤の3つのシナリオに絞られてきた。①は日韓メディアの間で最有力なシナリオだ。面子を重視する金正恩氏の場合、完全には排除できないシナリオだが、決定打に欠けているように感じる。

誰が金正恩氏の「水爆保持」発言を真剣に受け取るだろうか。米国政府も「北の水爆保持はあり得ない」と断言している。中国も同様だろう。実験をした形跡もないのに、水爆保持を表明したとしても誰も信じない。中国指導者は金正恩氏の発言を聞いて、「また、あの若造が……」と受け取ったのではないか。「水爆発言」を理由に公演にイチャモンを付ければ、中国側も北と同レベルと言われてしまうだろう。

残ったのは③と⑤だ。③のシナリオは外部からは確認が取れない。日韓メディアに「楽団長が金正恩氏の元恋人」と報じられれば、最も不快な思いをするのは李雪主夫人だろう。李夫人と金正恩氏の夫婦関係がどのようなものか分からないので、多くは語れないが、完全には排除できないシナリオだ。⑤は北朝鮮だけではなく、中国にも当てはまることだ。不祥事、想定外のことが発生した場合、そのニュースは外には流れない。共産党一党独裁の中国では現在、権力争いが水面下で進行中だ。一方、北の場合、いつ何が起きたとしても驚かない。すなわち、⑤のシナリオは排除できないのだ。

当方は英BBC放送の「シャーロック・ホームズ」の大ファンだ。マインド・パレスの持ち主、ホームズの登場を願いたいものだ。名探偵ホームズは5つのシナリオからどれを選ぶだろうか。ひょっとしたら、6番目のシナリオを提示し、金正恩氏周辺の謎に迫るかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。