「マインドパレス」の解明を急げ --- 長谷川 良

当方は「記憶」のメカニズムに強い関心がある。2014年のノーベル生理学・医学賞に英ロンドン大のジョン・オキーフ教授、ノルウェー科学技術大のマイブリット・モーザーとエドバルド・モーザー夫妻の3人の脳神経学者が受賞したばかりだ。3氏は「場所細胞」と呼ばれる機能を有する脳内の海馬について研究し、記憶の仕組みを解明したことが授賞理由だった。感情は全て過去の記憶から生まれる。あれが好きだ、これがいいといった段階から、人に対する好き嫌いまで脳内で記憶を管理する海馬で生まれてくるという。


▲英BBC放送の「シャーロック」のDVDのカバー

ところで、当方が英BBC放送の「SHERLOCK」(シャーロック・ホームズ)に凝っていることはこのコラム欄で数回紹介したが、そのシャーロック(べネディクト・カンバーバッチ主演)が捜査の中で「マインドパレス」という言葉を繰り返す。「記憶の宮殿」という意味だ(BBCのシャーロックは原本コナン・ドイル作の「シャーロック・ホームズ」の現代版シャーロック)。

当方はDVDでシリーズ3まで全て観た。シリーズ4は2017年以降という。だから、というわけではないが、当方はもう一つのシャーロックホームズを見ている。米CBS放送のシャーロック・ホームズ(ジョニー・リー・ミラー主演)のタイトルは「エレメンタリ―」(Elementary)だ。舞台は英ロンドンではなく、米国ニューヨークだ。

シャーロックは初めて会った人物のプロファイリングルをその外観や言動から素早く読み解く。彼は頭の中で事実を整理し、過去の情報を引き出しながらそのプロファイリングを構築していく。その観察力はすごい。彼が「マインドパレス」を訪れている時、周囲に静かにするように求める。集中力が妨げられるからだ。

シャーロックの記憶パレスは脳内の海馬だろう。それも異常に発達した海馬ではないか。シャーロックは論理的な思考を駆使して犯人を追及していくが、論理的な結論が間違っていた場合、彼は苦悩する。シャーロックは化け物や幽霊を信じていない。誰かが化け物の話をすれば、その背景を論理的に説明する。ところが、彼自身がその化け物を目撃したのだ。彼は自分の「マインドパレス」が破壊されるような苦悩と痛みを感じる。論理的に説明できないからだ。最終的には、薬物の影響で彼自身が幻想を見せられていたことを知り、犯人を見出すストーリーがある(「The hounds of Baskerville」)。「マインドパレス」の世界を知るうえで、参考になる話だ。

別の話を紹介する。第3シリーズの「His Last Vow」で登場する実業家チャールズ・アウグストゥス・マグヌセンは世界の要人たちの秘密を握る。シャーロックは彼の「マインドパレス」が自分のよりもはるかに大きいことに気付く。シャーロックは相棒のワトソンの妻の秘密をも知っているマグヌセンを射殺するが、その時、マグヌセンの頭を撃ち抜いている。シャーロックがマグヌセンの「マインドパレス」に無意識に嫉妬を感じていたことを示唆しているシーンだ。

興味深い点は、超記憶力の持ち主がテレビや映画の犯罪シリーズで頻繁に登場することだ。例えば、米テレビ番組「クリミナル・マインド」のFBI行動分析課捜査官の1人、スペンサー・リード博士は先天的映像記憶力の持ち主で、1度読んだ書物の内容を忘れない。ニューヨークの大手法律事務所の世界を描いて人気を博した米TV番組「スーツ」では主人公の一人、青年マイク・ロスは六法全書を丸暗記している。最近では、犯罪サスペンス「アンフォゲッタブル」の女刑事キャリー・ウェルズもその1人だ。1度見た人間、風景を決して忘れないという超記憶力の持ち主だ。映画界やテレビ界では卓越した記憶力の持ち主が人気を呼んでいるわけだ。

記憶は単なる過去の積み重ねではなく、新しいものを生み出すと同時に、不必要なものを削除していく作用を備えているという。「マインドパレス」の解明が進み、シャーロックの犯罪捜査術のメカニズムがより明らかになることを期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年12月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。