イエレン議長の帰港、日銀総裁の漂流 --- 中村 仁


▲米国が脱した“マネー洪水”に日本はいつまで溺れられるか(アゴラ編集部)

マネー洪水で経済は歴史的変質


リーマン・ショック(08年)を起こし、歴史的な金融危機を世界に拡散させた米国は、金利を9年半ぶりに引き上げました。7年に及んだゼロ金利を止め、誘導目標金利を0.25%引き上げたのです。マネー洪水の海から、帰港することにしたのです。置いていかれ、漂流しているのが日本と欧州です。

米連邦準備理事会(中央銀行)のイエレン議長は、「最悪の金融危機からの脱出を目指したゼロ金利は終わった」と述べ、自らの歴史的な決断を誇ったと、メディアは伝えています。「米国経済は十分に強い。利上げの条件は整った」と、自らの決断の正しさは詳細に説明しています。それより、マネーの洪水で世界経済が変質してしまったことへの警戒について語ってほしかったですね。

私が心配しているのは、超金融緩和に浸っているうちに、世界経済がすっかり変質してしまったことです。マネー市場が肥大化しており、市場調節をしようとすると、過敏に反応して、相場が乱高下する。バブル的経済が破綻すると、実体経済に悪影響をもたらす。米国は異常緩和の海から帰港するといっても、正常化には程遠いし、何年かかるか分からないのはそのためです。マネー経済のご機嫌を損ねないことが、経済政策の最優先の課題になってしまいました。

マネー経済は海、実体経済は陸


実体経済・実物経済を陸地とすれば、流動化しやすいマネー経済は海でしょう。超金融緩和で海の面積、海水量は急増しました。豪雪、豪雨、暴風など、海が引き起こす異常気象に、陸上の人間生活、企業活動が翻ろうされます。実体経済とマネー経済の力関係が歴史的といえるほど、変わってしまったのではないでしょうか。マネー経済は凶暴さを増したのです。

黒田日銀総裁の異次元緩和は、株価など資産価格のバブル的な上昇、円安という日本経済の対外的価値の安売りには効きました。貨幣数量説に沿って、消費者物価が上がり、経済成長率も上がるという当初の狙いは外れました。もう過去形でいっていいでしょう。資産バブルを引き起こすことを通じて、実体経済の好転をもたらすしか手がないと思っていたのかもしれません。

イエレン議長の決定を受けて、黒田総裁がやったことは、金融緩和の補完措置です。「必要な時には躊躇なく追加緩和をする」と言明していたのに、決めたことは上場投信の買い入れ枠の追加3,000億円、買い入れる長期国債の残存期間の2年延長などです。専門家の細かな解説を聞かないと、その意味が分らない程度のものです。

黒田総裁の本音を想像する


黒田総裁の本音を想像してみましょう。「金融緩和を追加しても実体経済への効き目がほとんどない。そのことを錯覚していた。いまさら釈明できない」、「2%という消費者物価目標が達成できないのは、原油安のせいにしておきたい」、「余剰マネーがあふれかえっており、これ以上の緩和は副作用を大きくするだけだろう」、「出口論(金融緩和の方向転換)は口にするだけで、マネー市場が乱高下し、われわれは翻ろうされる。だから議論できない状態だ」。などなど。

日欧より底力のある米国でさえ、消費者物価が目標の2%に達していません。まして日本が無理なことが一層、はっきりしました。得意のサプライズは1度目の異次元緩和、2度目の追加緩和で息切れしましたね。3度目をやるなら、日本の破綻を覚悟する必要があります。

経済の変質としては、財政と金融の関係が問題ですね。増税、歳出カットなど財政措置は国民の抵抗が強いので、頼れるのは金融政策しかなくなりました。議会で法案を通す必要がありませんから。預金金利がゼロ同然ということは、預金者に対する増税と同じことです。ゼロ金利、超金融緩和がこれほど続くと、さすがに金融政策にも残された余地が少なくなってしまいました。

財政・金融という竹馬の足を切れ


安倍政権は国債発行額が2年連続で減るといいます。その大きな原因は、異次元緩和で国債の支払い金利がどんどん減っているのと、消費増税という税制改正にあります。アベノミクスが効いているようにいうのは、政治的な宣伝のためでしょう。

経済危機が起きるたびに、財政政策に頼り、金融政策に頼り、を繰り返しているうちに、ほとんどのカードを使い果たしました。特に日本は財政と金融という2本の竹馬にこれ以上、頼れません。竹馬の足を切り、いずれは自分の足で歩く。政治がそういう選択をすべき時です。選挙対策のために国を犠牲にすることを安倍政権は避けなければなりません。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2015年12月23日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた中村氏に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。