金正恩氏の安全な亡命先を探そう --- 長谷川 良

ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領夫妻が処刑されて、明日25日で26年目を迎える。旧東欧諸国の民主改革で共産党指導者が民主勢力によって処刑された唯一のケースだったので、チャウシェスク大統領、エレナ夫妻処刑シーンは世界に大きな衝撃を与えたことはまだ記憶に新しい。

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▲最大少数民族マジャール人弾圧政策に抗議した“ルーマニア革命の英雄”ラスロ・テケシュ牧師(1990年2月20日、ブタペストで撮影)

チャウシェスク大統領は1965年から24年間、ルーマニアに君臨してきた独裁者だった。在位中は米英日など西側主要国を訪問している。同大統領が旧ソ連に対し一定の距離を置く外交政策を取っていたこともあって、西側では当時、受けのいい指導者だったからだ。同大統領はブカレストで大宮殿を建設中だったが、処刑されてその新宮殿の住人にはなれずに終わった。

冷戦時代は終焉し、旧ソ連・東欧諸国は独裁者(政権)から解放されたが、世界には今なお独裁者、独裁国家が存在する。ジンバブエのムガベ大統領、スーダンのバシル大統領、中国共産党独裁政権、そして北朝鮮の金王朝がその代表だろう。もちろん、新しい独裁者が将来、生まれてこないという保証もない。

北朝鮮の独裁者、故金日成主席、その息子、金正日総書記はチャウシェスク大統領夫妻の処刑シーンをテレビニュースで観て震え上がったという話が伝わっている。「俺たちもひょっとしたらあのようになるかもしれない」という深刻な不安だ。その直後、金政権は国境警備を強化する一方、国内の締め付けを強めていったことはいうまでもない。

独裁者の終焉は大変だ。当然かもしれない。政権を掌握している時、好き放題をし、政敵、反体制派を冷酷に粛清してきたのだから、安心して眠ることは出来ない。「悪い奴ほどよく眠る」という言葉があるが、独裁者の場合、その悪さの度合いが違うからそうはいかないだろう。

独裁者の落日が近づくと、弾圧や処刑、粛清が頻繁に生じる、最後の発悪だ。これは人類が歴史を通じて学んできた教訓の一つだろう。しかし、例外もあった。旧東西両ドイツが血を流さずに平和裏に再統一された。共産党政権とバツラフ・ハベル氏を中心とした民主勢力が平和裏に政権を交代したチェコスロバキアのビロード革命もそうだ。独裁政権からのソフトランディングだ。

旧東西ドイツとチェコから教訓を引き出さなければならない。それは旧独裁者、支配者を処刑しないということだ。旧東独指導者が旧西独のコール政権の再統一に対し軍事行動で抵抗しなかったのは、コール政権が当時の旧東独指導者に「処刑や虐待をしない」という身の安全の保証を与えていたからだ。旧東独指導者たちは国民がハンガリー経由で次々と西側に亡命していくのを目撃し、政権の終わりを悟った。旧東西両ドイツの再統一は武力衝突なく実現できたわけだ。

朝鮮半島の再統一でも同じ方法が適応できるのではないか。すなわち、金王朝が政権を民主勢力に譲渡するならば、国際社会は「金ファミリーの安全」を保証するのだ。

非情な弾圧、蛮行を繰り返してきた金王朝の安全を保証する、という案に対し、金王朝から激しい弾圧を受けてきた多くの国民は納得しないかもしれない。しかし、朝鮮半島で再び武装紛争が起きれば、多くの犠牲者が出るのは必至だ。朝鮮半島を平和裏に再統一できる唯一のシナリオは金王朝の安全保証だ。もちろん、金ファミリーは北には留められない。海外に亡命しなければならない。

金正恩第一書記が叔父を処刑し、100人以上の党・軍幹部を処刑したのは身の安全のためだ。いつ自分も同じように殺されるか分からない、といった不安が払しょくできないからだ。金正恩氏だけではない。この不安は独裁者が払わなければならない代価だ。

金正恩氏が政権崩壊の危機を感じた場合、核爆弾など大量破壊兵器を投入するような冒険に乗り出さないために、金ファミリーに対して身の安全を保証し、その代わりに政権の引き渡しを要求するのだ。金正恩氏には、核戦争で家族と共に自爆するか、どこかの地で家族と共に身の安全保証を受けながら生きていくかの2つの選択肢があるわけだ。

もちろん、金正恩氏の禅譲にも問題がある。まず、どの国が独裁者家族と最側近を引き受けるかだ。同時に、金王朝崩壊後の後継政権つくりだ。中国やロシアの出方もあって、対応を誤れれば、状況は一層悪化するからだ。蛇足だが、韓国の朴槿恵大統領の親中路線が近い将来の北政権崩壊を見据えた戦略とすれば、その外交政策は後日、評価されるかもしれない。

例えば、シリア内戦は勃発5年目に入っているが、和平の見通しは依然立っていない。アサド政権派と反体制派勢力間の最大の対立点はアサド大統領の処遇問題だ。アサド大統領の身の安全を保証する代わりに、政権を反政府勢力側に引き渡すというシナリオが囁かれ出したのは当然の流れだろう。ただし、シリアの場合、反政府勢力内が対立している現状では、アサド政権の後退はかえって混乱をもたらすかもしれない。

付け加えておくが、朝鮮半島の再統一案は当方の独自のものではない。一部で既に囁かれてきた再統一案の一つだ。チャウシェスク大統領の処刑日を控え、当方はこの再統一案を思い出した次第だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。