徳は事業の基なり

論語』の「雍也第六の十四」に、「行(ゆ)くに径(こみち)に由(よ)らず」とあります。之は澹台滅明(たんだいめつめい)という人物を孔子の弟子である子游(しゆう)が評した言葉ですが、「彼は歩く時に近道をしない」と言うわけです。私は此の言につき、「王道を歩む」というふうに解釈しています。


つまりは之と目標を定めたら、唯ひたすら真っ直ぐに大道を進んで行けば良いのです。「近道しよう」とか「寄り道しよう」とかと、考える必要はありません。事業とは正に、そういうものだと私は考えています。

事業としての長期的な継続発展を期すならば、製品やサービスが短期的に売れるといったことでなく、「時流に乗る」ということが大変重要だと思います。時流に乗れる一つの業を見つけたらば、後は自分の道を貫き進んで行くのみで、王道を歩むことが非常に大事だと思います。

論語』にはまた、「政(まつりごと)とは正(せい)なり」(顔淵第十二の十七)という言葉もあります。之は経営の一番の基本です。政治の要諦が正しきをやることであれば、経営の要諦も正しきをやることでなくてはなりません。

菜根譚』の中には、「徳は事業の基(もとい)なり。未だ基固からずして棟宇(とうう)の堅久なる者有らず」とあります。之も正論です。事業を発展させる基礎は徳であり、此の基礎が不安定では建物が堅固では有り得ない、と説くわけです。

事業とは「徳業」でなければ、長期的には存続し得ません。一時的に利益が出て発展したとしても長い目で見れば、社会のため顧客のためになっている企業のみが、事業として継続発展することが出来るのです。

会社を取り巻くステークホルダー(利害関係者)は、株主以外にも様々存在しています。顧客、取引先、従業員、そして社会そのものもそうでしょう。「社会なくして企業なく、企業なくして社会なし」――即ち、企業とは社会にあって初めて存在できるものであり、社会から離れては存在できないのです。

また、企業も社会の重要な構成要素であり、企業なくして豊かな社会の建設は難しいと言えます。あの東電福島原発事故を例に見ても、企業と地域社会が如何に密接に結び付いているかが、非常に良く分かりましょう。それ故一たび大事故が起こったらば、地域社会に大きな犠牲を強いることになってしまうわけです。

経営者は世のため人のためという志を抱き、そして本当に世のため人のためになる製品やサービスの提供あるいは利便性の向上等に、真摯に取り組まなくてはなりません。不正をやっていたならば、幾らそれを隠そうとも何時かは明らかになるものです。今年で言えば「マンション傾斜」や「東芝粉飾」の類は正に、『老子』にある「天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず」を実感させてくれました。

会社は会社法に則って作られるものですが、「法人」と言うように「人」という字が付いています。漢字には全て意味がありますから、「人」が付くのは会社も人と同じだということです。人に人徳というものが必要とされるが如く、法人にもそういう徳性(私は社徳と名付けています)が必要とされるのです。

「君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩る…物事を処理するにあたって、君子の頭にまず浮かぶのは、自分の行動が正義にかなっているかどうかということであり、小人の考えることは、まず損得である」(里仁第四の十六)と言いますが、徳なき事業・利に基づく事業すなわち「利業」だけでは会社は必ず潰れます。

中国古典の多くの書に、「義」と「利」ということが述べられています。例えば『論語』でも上記「里仁第四の十六」の他、「利に放(よ)りて行えば、怨み多し」(里仁第四の十二)や「利を見ては義を思い」(憲問第十四の十三)等々と、此の2字につき何度も触れられています。

これらの言葉は、商売をする上で常時念頭に置かねばなりません。経営をするとは、利益を追求するということですが、利益一辺倒では駄目なのです。その利益が果たして社会正義に合致しているかどうかと、常に考えなくてはなりません。

但し、孔子は利益を否定しているわけではありません。孔子の考え方とは、「君子財を愛す。之を取るに道あり」(『禅書』宗門無尽燈論)ということです。利益を目前にした時には義を今一度考えてみて、その利を得るのが本当に正しいか否かを必ず考える習慣を身に付けるべきなのです。

ピーター・ドラッカーも「経営とは人を通じて正しいことを行うことだ」と言うように、利益は正しい行いの結果として得られねばなりません。利ばかりを追求していると、その弊害は必ず出てきます。終局、社会問題化し当該企業は破滅の道を辿るのです。

事業とは真に徳業であり、且つ時流に乗って長期に亘り顧客に便益を与え続け、同時に企業として様々なステークホルダーとの調和というものを為し得ねばなりません。経営者は私益と公益の両方をバランスよく捉え、ゴーイングコンサーン即ち永続企業として生きて行く必要があるのです。

正しい道に則らねば物事は成功しないことを、稲盛和夫さんは「考え方×能力×熱意=人生・仕事の結果」という人生の方程式に表しました。考え方が間違っていた場合、能力や熱意が大きい程にマイナスが大きくなってしまいます。

だから誤った考え方の人は決して成功しない、と稲盛さんは言われているのです。之は素晴らしい方程式だと思います。仕事において成功を得るに、考え方が正しいか否かを自らに問うことが何よりも大事なことなのです。

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