2016年、国内政治における最大の焦点は「衆参ダブル選挙」だろう。高水準の支持率を維持する安倍晋三首相が、さらなる政権基盤の安定のため、夏の参院選に合わせて衆議院を解散するかどうか。そのカギを握る要素の一つが「一票の格差」問題だ。
誰でもわかる「一票の格差」とは
詳しくない人のために初歩的な説明から始めよう。一票の格差とは有権者の持つ一票の“重み”の違いのこと。例えばA、B、Cの3つのクラスがある学校で、それぞれ1人の学級委員長を選ぶこととしよう。A組の生徒数は10人、B組は15人、C組は30人とする。
この学校では話し合いで、遠足の行先を決めることになった。全員で話し合ってもまとまらないので、3人の学級委員長で話し合うことにした。各委員長が事前にそれぞれのクラスの生徒から意見を聞いたところ、A組とB組は東京が多く、C組は京都が多かった。
学級委員長の話し合いでは、AとBの2人が推す東京にすんなり決まった。しかし、納得いかないのがC組の生徒たち。「A組とB組は合わせて25人しかいないのに、それより多いC組の意見が反映されないのはおかしいじゃないか」。これが一票の格差問題である。
仮に委員長の意見(票)を1だとすると、A組の生徒の一票の価値は10分の1、B組は15分の1、C組は30分の1。数字で置き換えると3対2対1。A組の生徒の票にはB組の1.5倍、C組の3倍の価値があり、B組の生徒の票もC組の2倍の価値があるのだ。
実際に政治で起こっていることで言うと、2014年12月に行われた衆院選で東京都第1区の有権者数が全国最多で49万2025人、宮城県第1区の有権者数が全国最少で23万1081人だった。同じ1人を選ぶ選挙区で、2倍以上の価値の開きがあったのだ。
国会はご存知の通り、多数決で物事を決めるところ。国民の代表者を選ぶ選挙で有権者の票の価値に違いがあるのなら、国会での議決結果が「国民が望んだもの」かどうか、疑念が生じる。そこを問題視した全国の弁護士らが相次ぎ訴訟を起こしているのだ。
この衆院選の格差を巡る訴訟で、最高裁は11月25日に「違憲状態」と判断。2009年、2012年の衆院選に続いて、3回連続で違憲状態だと断じた。
この問題が首相の解散判断に影響を与えるというのは、司法に3回連続で「違憲」と言われながらも、ほとんど対応しないまま衆院選を決行していいのかが問われるからだ。格差を放置したまま選挙に臨めば、選挙後に司法から選挙結果の「無効」を命じられるかもしれない。可能性は高くないが、もしもそんなことがあれば政権には大打撃となる。
格差問題を解決するには
この問題を考えるにあたっては2つのポイントがある。1つ目は現在の選挙制度が「都道府県」を選挙区の単位としていること。日本の最大の行政単位は47の都道府県だが、面積も人口も大きな差がある。東京都の人口は約1300万人で、最も少ない鳥取県は約59万人。22倍以上の開きがあるので、この単位にこだわると定数配分に無理が生じる。
2つ目は過疎地への「加重配分」だ。現行の選挙制度は「1人別枠方式」といって、各都道府県にまず1ずつ議席を配分し、残りを人口比例でわけるという方式を採っている。つまり最も人口の少ない県でも2議席が確定するため、どうしても格差が広がってしまうのだ。
もちろん過疎地の意見をより濃く国政に反映させたり、各地域から平等に代表者を輩出させたりという考え方があってもいい。しかし、現行憲法は国会議員を「国民の代表」と位置づけており、地域代表とはしていない。法の下の平等を考えても、大きな一票の格差は憲法違反なのである。
衆院議長の諮問機関である「衆院選挙制度に関する調査会」は今月、格差是正に向けて選挙区配分の方法を変える案を発表した。この方式を使えば現行制度より格差は縮まるが、1.6倍程度の格差は残る。根本的な解決のためには都道府県単位を見直すしかない。もしくは全国を一つの選挙区とする「完全比例代表制」とすれば、格差はゼロとなる。
過疎地に多くの議員を配分するのなら、憲法を改正しなければならない。例えば衆院議員は全国民の代表のままとして、参院議員を地域代表と位置付けるのだ。その場合は参院で一票の格差があろうとなかろうと、司法から文句を言われる筋合いはない。
安倍首相が格差問題を踏まえて、衆院の解散についてどう判断するかはわからないが、解散があってもなくてもこの問題は解決しなければならない。表面上の取り繕いは限界を迎えつつある。
山本洋一:元日本経済新聞記者
1978年名古屋市出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。政治部、経済部の記者として首相官邸や自民党、外務省、日銀、金融機関などを取材した。2012年に退職し、衆議院議員公設秘書を経て会社役員。地方議会ニュース解説委員なども務める。
ブログ:http://ameblo.jp/yzyoichi/
編集部より:この記事は、選挙ドットコム 2015年12月29日の記事『こんな状態で、それでも選挙やりますか?誰にでもわかる「一票の格差」徹底解説』を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は選挙ドットコムをご覧ください。