ソウル大A君の「遺書」への一考 --- 長谷川 良

韓国最大手日刊紙「朝鮮日報」日本語電子版3日付に衝撃的な記事が掲載されていた。「自殺したソウル大生の遺書が拡散、連鎖自殺を招く恐れも」という見出しの記事だ。

「12月18日、ソウル大学の学生Aさん(19)が学内のコミュニティーサイトに『先に生まれた者、持てる者、力のある者の論理に屈服することがこの社会の道理であり、生存を決めるのは箸とスプーンの色だ』という遺書を残し投身自殺した」

そして、

「この遺書はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やコミュニティーサイトなどを通じて急速に拡散した。Aさんの遺書の末尾には、『あちこちに拡散してほしい。肉体は死んでも精神は生き続けたい』と記され、これを見たインターネットユーザーたちが『故人の遺志を受け継ぐ』として、遺書をあちこちに拡散したのだ」

と報じている。

韓国ではここ数年、若者たちの自殺が絶えない。当方はこのコラム欄で「自殺大国・韓国が提示した課題」(2015年9月1日参考)でその点に言及した。韓国では、幼少時代から、学生時代、そして就職まで激しい競争の洗礼を受ける。誰もがトップを目指して激しい競争世界で生きている。

経済協力開発機構(OECD)のデータによると、韓国は加盟国の中で自殺率が最も高い。韓国聯合ニュースによると、「2013年を基準としたOECD加盟国(34カ国)の自殺による死亡率は人口10万人当たり12.0人だった。韓国(2012年基準)は平均を大きく上回る29.1人で、OECD加盟国のうち、最も高かった。2番目はハンガリー(19.4人)で、3番目が日本(18.7人)だった。1985年からの自殺率推移をみると、OECD加盟国のほとんどは減少しているが、韓国は2000年から増えている。

韓国の最高学府ソウル大の学生A君は受験戦争の勝利者だったかもしれないが、自殺に追い込まれていった。A君の詳細な言動を知らない当方は何も言えないが、A君は社会の矛盾を感じ、絶望していたのだろう。ひょっとしたら、遺書では記述出来なかった個人的な悩みもあったのかもしれない。ただし、A君の遺書の最後の一文は心が痛かった。「あちこちに拡散してほしい。肉体は死んでも生き続けたい」と書いていたのだ。

A君は肉体が滅んだとしても、精神は生き続けると信じたかったのだろう。当方もA君と同じように精神の永遠性を信じている。問題は、肉体生活後も生き続ける「精神」についてだ。

自殺したA君には辛いだろうが、指摘せざるを得ない。精神は肉体が亡くなった後も存在するが、苦悩するその精神、精神状況は肉体を失った後も継続するという点だ。肉体を断ったとしても、悩み苦しむ精神はそのままだ。死んだら肉体的痛みは無くなるかもしれないが、精神的苦痛はその後も続くのだ。

だから、生きている時、肉体がある時、その精神的苦痛を解決する道を模索していかなければならない。人間の肉体と精神は決して分離されて存在するのではなく、両者はコインの裏表のような関係にたとえられる。A君、これは当方の確信だ。一種の信仰告白と受け取ってもらってもいい。

卑近な例だが、イスラム過激派テロリストは殉教すれば、天国に行けると信じている。彼らは肉体と精神を完全に分離して考えている。憎悪からテロを実行した後、愛の充満する天国で過ごせるという信仰は妄信以外の何ものでもないのだ。地上で愛の生活をしないで、どうして死後、愛の国の住人になれるだろうか。

A君が生前、体験し、感じてきた悲しみは同時代の全ての人々も程度の差こそあれ共有している。A君のためにも、生きている私たちは他者の痛みを感じ、相互に助けあうことができる社会を作るため、全力を尽くしたい。A君の冥福を祈る。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。