サウジ王室内で世代抗争が進行中 --- 長谷川 良

サウジアラビアが2日、イスラム教シーア派指導者ニムル師を処刑したことがきっかけで、スンニ派の盟主サウジとシーア派代表イランの間で激しい批判合戦が展開し、一発触発の緊迫感が漂ってきた。

そこでスーダン出身国連記者でサウジ問題に詳しいアブダラ・シャリフ氏「ホルン・アフリカ ・ニュース・エージェント」(HORNA)にサウジとイランの紛争、周辺国の影響などについて、ウィーン国連内でインタビューした。同記者はサウジ・イラン紛争はワッハーブ派とイランの紛争であり、サウジ王室内の世代抗争が二ムル師処刑となって表面化したと分析した。

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▲サウジ問題に詳しい国連記者シャリフ氏(Abdala Sharief)

――サウジとイランの対立はイスラム教のスン二派とシーア派の宗派間闘争か、それとも中東地域をめぐる両国のヘゲモニー争いか。

「メディアではサウジ、エジプト、トルコのスンニ派諸国とイラン、イラク、それにシリア政権を含むシーア派国の宗派紛争という受け取り方をしているが、スーダン人の自分を含めイスラム教徒はスンニ派対シーア派の戦いとは受け取っていない。ホメイニ師が亡命先のパリからイランに帰国後、サウジはイランの出方に神経をとがらせ、イラン・イラク戦争ではイラクのフセイン政権を支持し、武器や資金を提供してきた。しかし、スンニ派とシーア派の宗派間の抗争というより、サウジの厳格なイスラム教派、ワッハーブ派とイランの対立と見るほうが事実に一致している」

――サウジがイランとの外交関係を断絶した直後、スーダンやバーレーンは即イランと外交関係を断絶し、アラブ首長国連邦(UAE)は外交関係レベルを下げるなど、スンニ派の盟主サウジの決定に従っている。

「スーダンの場合、バシール政権はこれまでイランを支持し、スーダン国内でイランと連携で武器を製造してきた。イラン海軍の軍艦がスーダンの湾岸を利用するなど、スーダンとイラン両国は親密関係だった。そのスーダンがサウジの対イラン政策を支持する政策に転向したのはサウジを含む湾岸諸国から資金援助が必要となったからだ。イランからは武器は手に入るが、資金はこないからだ。スーダンが南北に分断し、主要な原油拠点は南部になり、バシール政権は経済的に困窮を深めている。バーレーンの場合、国民の約7割がシーア派だが、王室はスンニ派だ。バーレーンの決定は驚きに値しない」

――サウジ当局が今回、シーア派指導者の二ムル師を処刑した背後について様々な憶測が流れている。二ムル師を処刑すれば、イランが激怒し、紛争に発展することは容易に想像されたはずだ。中東専門家たちは「故アブドラ前国王ならばこのような事態にならなかった」と分析し、サルマーン現国王の政策に疑問を呈する声がある。

「二ムル師の処刑は80歳の高齢で認知症を罹っている現国王が決定したのではないことは明らかだ。サウジ王室には古い世代と新しい世代の対立が激化している。欧米メディアは新国王の子息モハメド・ビン・サルマーン国防相(30歳)と甥のモハメド・ビン・ナーイエフ王子(内相)が実権を掌握していると報じているが、外部からはサウジ王室の内情を正確に掌握するのは難しい。明確な点は従来のサウジの維持を図る世代と、新しいサウジを目指す勢力の戦いが王室内で進行中ということだ」

――欧米など主要6カ国とイラン間の核協議は昨年7月合意した。これを受けて、対イラン制裁が解除されることになった。サウジはイランが国際社会へ再び出てくることを恐れているのではないか。

「サウジはイスラエルと同様、イランの核協議の動向に神経を払ってきたことは事実だが、メディアが報じるように、サウジはイランの核問題ではそれほど懸念していない。なぜならば、米国がサウジの安全を支持している限り、イランの核問題はイスラエルのように懸念材料とはならないからだ。ただし、サウジは昔からペルシャのイランに対し、単に軍事的だけでなく、歴史的、文化的に一種の劣等感(コンプレックス)を抱いてきたことは事実だ」

――トルコはサウジとイランの紛争に対し調停役を申し出ている。

「トルコはスンニ派だが、サウジとは違う。サウジとイラン問題でトルコが中立の立場を守るならば、トルコは調停役を演じることができるだろう。そうなれば、サウジとイランの闘争で漁夫の利を得るのはトルコということになる。もちろん、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)もサウジとイランの紛争で利益を得るかもしれない」

――サウジ国内には10%以上の少数宗派シーア派がいるが、シーア派聖職者の処刑にはサウジ国内のスンニ派からも批判の声が上がっていると聞く。サウジ国内の反国王勢力が立ち上がり、サウジに“アラブの春”が吹き荒れる可能性は考えられるか。

「サウジはイエメンの反政府勢力、シーア派武装組織フ―シを短期間で撃破すると豪語してきたが、実際は苦戦している。サウジ国内ではイエメンへの軍事介入に反対の声があることは事実だ。しかし、チュニジアやエジプトのような民主化運動がサウジで展開されるとは考えられない。サウジ国民は久しく国王の下で統合してきた国家だ。特にアブドラ前国王時代は国王への崇拝心は強かった。考えられるシナリオは国民の下からの民主化運動ではなく、王室内からの緩やかな改革運動ではないか。先述したように、サウジ王室内の権力闘争、路線紛争が高まっている。北アフリカ・中東で生じた“アラブの春”はサウジでは目下、考えられない」


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。