「知日派」の限界:『日本―呪縛の構図』

R. ターガート マーフィー
早川書房
★★☆☆☆



本書はオクスフォード大学出版局の「誰もが知っておきたい」シリーズの1冊として書かれた本の邦訳だから、上巻は教科書的で日本人が読む意味はほとんどない。下巻の戦後史は、彼と同世代の日本研究者ジョン・ダワーと同じバイアスがある。

要するに日本を「呪縛」しているのはアメリカの「属国」だというおなじみの話だが、日本人の(左右の)ルサンチマンと違うのは、アメリカが日本を支配する気はないと考えていることだ。彼らは自国の国益にしか興味はなく、日本を守るつもりはない。その軍国主義的な姿勢が変われば、アジアから撤退することは十分ありうるし、それは合理的だ。

だから日米同盟は持続不可能だ、という著者の見解は、多くのジャパン・ウォッチャーと共通する。したがって「安保反対」なんてナンセンスもいいところで、むしろアメリカに捨てられたとき自立するために憲法第9条第2項を改正し、自前の軍をもつ必要がある――というところまではいいのだが、その後がわからない。

著者は明治以来の「脱亜入欧」を改め、「入亜」すべきだというが、具体的に何をしろというのか。中国や韓国と「歴史問題」で和解しろというが、それができるなら日本政府もとっくにやっている。史実も論理も理解できない国と和解することは不可能だし、彼らとの同盟関係なんて夢のまた夢だ。

むしろ私は、福沢諭吉の「脱亜」路線を進めるべきだと思う。本書も認めるように、日本は「封建社会」(社団国家)を長期にわたって維持し、小規模な社団の中で規範を維持するシステムを構築した点でヨーロッパと似ており、中国のような集権国家とはまったく違う。日米軍事同盟は弱まるかもしれないが、経済的には今後も日米関係が基軸だろう。

それ以外の批判は常識的なもので、日本の差別的な雇用慣行と決断力のない経営者、選挙区への利益誘導しかできない無能な政治家と彼らを無視して日本をコントロールしている官僚機構が、日本経済を迷走させている。その経済を金融政策で復活させようとするアベノミクスは笑い話だ。

日本を呪縛しているのは歴史に深く根ざす伝統だという著者の見立ては正しいが、それを「天皇制」とか「封建制度」といった高校教科書レベルでしか理解していない上巻の認識が、下巻の見当違いな「入亜」論の原因になっている。滞日40年の「知日派」でもこの程度しか理解できないほど、日本は難解な国なのだろう。