2016年の石油価格の展望-供給過多状況続く

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岩瀬昇
エネルギーアナリスト

「石油の富」、再配分が止まる

2015年12月、米国アラスカ州民は州政府から嬉しくないクリスマス・プレゼントを受け取った。35年ぶりの所得税再導入と、「石油配当金」(4人家族の標準家庭で毎年8000ドル=約96万円)の半減を検討している、というのだ。

アラスカから1万数千キロメートル離れたサウジアラビアに住む人々は、12月28日のテレビ放送でガソリン価格の大幅値上げを知った。レギュラーガソリンが67%(リットルあたり14.4円から24円へ)になるという。同日、政府が2016年予算を発表して油価低迷による赤字削減策の一つとして、ガソリンなどへの補助金を大幅に減額することにしたからだ。さらに付加価値税の導入も検討されている。 

同国のサルマン現国王が即位した2015年初めには、公務員や軍人らに対して600億リヤル(約1兆9200億円;「中東協力センターニュース」2015・2/3所収、辻上論文)もの慶祝特別ボーナスが支払われた。これまで国王の慈悲により、約2000万人のサウジ国民は税金を支払う必要もなく、学費も医療費も国庫負担、何からなにまで手厚く保護されてきた。その時代が終わろうとしている。

石油価格の低迷がもたらした世界情勢の激変。これから一体どうなるのだろうか。

次のグラフから分かるように、石油価格は2014年夏をピークに下落し始め、11月末のOPEC総会前後にさらに急激に落ち込み、その後2015年を通して低迷したまま推移している。この石油価格の下落がアラスカ州民に、サウジ国民に、そして多くの産油国国民に多大の経済的負担をもたらしている。

サウジ政府の動きに注目

では、2016年の石油価格はどうなるのだろうか?

将来の石油価格がどうなるかを完全に見通すことは「神のみぞ知る世界」であり、筆者の能力を超えているが、サウジ政府がどう見ているのか、このほど発表された2016年国家予算からを推測してみよう。

前述の通りサウジ政府は12月28日、2016年国家予算を発表した。

2015年の実績見通しは、歳出が9750億リヤル(約31兆2000億円)、歳入が6080億リヤル(約19兆4560億円)、赤字幅が3670億リヤル(約11兆7440億円)とした上で、2016年の予算は、歳出が8400億リヤル(約26兆8800億円、前年比約14%減)、歳入が5138億リヤル(約16兆4416億円、前年比約15%減)、赤字幅が3,262億リヤル(約10兆4384億円、前年比約11%減)になるという内容だ。

また注目の2015年の石油収入が歳入に占める割合は、約73%の4445億リヤル(約14兆2240億円)になるとしている。

2016年の歳入額が2015年比15%減であるということは、サウジは現行の石油政策を2016年も維持するということだろう。価格は市場に任せ、世界最大の産油国としてのマーケットシェア維持を優先する、だから生産削減は行わない、ということが読み取れる。

また2016年の石油価格の推移については、当面のあいだ低いままだが、年末に向けて上昇すると見ている、と判断していいだろう。

なぜなら予算発表の直後、国営石油会社サウジアラムコの会長Khalid al-Falih(保健相でもある)は記者会見で「一つの価格だけを想定しているわけではない」、「価格は変動するものであり、サウジは異なる価格シナリオに対応する能力がある」と語っているからだ。また「2016年中には需要が供給を上回ると見ている」とも発言している。

さらにその2日後、ナイミ石油相は「サウジは顧客の要望に応えるだけ生産する方針を変えない」とコメントしていることもこの見方を裏付けているだろう。

即座の改善難しい需給バランス

石油価格に影響を与えるもっとも基本的な要因は需給バランスである。需給バランスがどう動いて行くかで価格は変動していく。だが悩ましいのは、需給の実態は後追いでしか判明しないことだ。そこで需給バランスに影響を与える要因がどう動いていくかを「読む」ことが重要となってくる。

現時点で重要な供給サイドの要因は次の通りだ。
1・OPEC(石油輸出国機構)、なかんずくサウジの石油政策
2・経済制裁解除後のイランの増産動向
3・シェールオイルを始めとする非OPECの生産動向
4・地政学リスク

一方、需要サイドでは、次の諸要因が重要だろう。
1・価格低下により喚起される需要の伸び
2・資源価格下落による資源国の購買力低下の影響
3・エネルギーの効率利用促進および地球温暖化対策の影響
 
ちなみに、多くのメディアが喧伝しているIS(「イスラム国」)による石油の「密輸」は、量も少なく地域限定的であり、また米国の原油輸出解禁も、米国が依然として数百万B/D(バレル・パー・デイ、一日当たりの量)の純輸入国であることから、価格動向に影響を与えるほどの要因ではない。

実はもっとも重要なのは、上記の需給変動要因を踏まえた上での、市場参加者の読み、期待、心理状態だ。これは数量的な把握が困難で、現実の市場の動きを見て推測するしかない。

メディアが報じる原油価格とは、”Front Month”と呼ばれる、期近に受渡しされる原油の価格だ。この原稿を書いている2015年12月末現在では「2016年2月受渡し」が該当する。これと、たとえば1年後の、2017年2月に受渡しされる原油の価格を比較するのが一つの方法だ。

ちなみにブレント原油の2015年12月30日の終値は、Front Monthである2016年2月渡しが36.46ドルであるのに対し、1年後の2017年2月渡しは約8ドル高い44.65ドルとなっている。市場は、現在の価格は安すぎると見ている証左だろう。

供給者側代表のサウジの「見方」は前述した通りだが、需要者側の代表であるIEA(国際エネルギー機関)はどう見ているのだろうか。

次のグラフにから見られるように、IEAは2016年末に向かって初めて「リバランス」(需給バランスが取れる状態への回帰)が視野に入って来る、と見ているようだ。

2014年末、石油価格の大幅下落が始まったころ、需給ギャップ(供給>需要)は150~200万B/Dと言われていた。OPECおよびIEAの2015年12月月報によれば、2015年の米国シェールオイルなど非OPECの供給量は前年比150~180万B/D減少している。だが、サウジやイラクなどの増産により、OPECの11月生産量は3170万B/Dとなっており、2015年末でも依然として100~200万B/Dの需給ギャップ(供給>需要)が存在していると言われている。

2015年を通して需要より多く供給された100~200万B/Dの原油は、すべて陸上タンクか海上の石油タンカーに「在庫」として積み上げられている。この「在庫」は、近い将来かならず市場に供給される。さらに2016年の春、イランに対する経済制裁が解除されると数十万B/Dの生産が増加することはほぼ間違いがない。

さらに大手国際石油会社は2015年も2016年も、資本投資(Capital Expenditure)を大幅に削減する見通しだ。投資削減は既存油田の生産効率を悪化させ、中期的には新規供給能力を低下させる。低価格が長期化すれば、近い将来供給不足になるのは目に見えている。
 
以上に述べた要因を総合すると、2016年の石油価格は当面低位で推移し、年末に向けて上昇し始める、と見るのが妥当だろう。

波乱要因は各地に存在する

ただし、静かな、落ち着いた展開になるとは思えない。

低価格が続いた場合のナイジェリアやベネズエラの政治不安、社会不安が石油生産を妨げるまでに拡大しないか。

サウジのサルマン国王の息子、30歳の第2皇太子であるモハマッド・ビン・サルマンへの権限集中にみられるように、過度のスデイリ(国王と同腹の一族)重用が見られる。サウジの王族間の政治的争いを激化させ、突然、価格重視へ石油政策を変更することはないか。

イエメン、シリアで「代理戦争」を戦っているサウジとイランの地域覇権争いがどう展開するか。また「リバランス」が視野に入ってくる年末に向けて、投機筋が価格高騰を仕掛けるかどうか。などなどだ。

これらの可能性があり、2016年は波乱万丈の一年になると予想するのが妥当だろう。

(1月6日朝、追記)

「サウジとイランが断交したことによる影響を織り込んで追記して欲しい」との要請が編集部から届いた。

ご存知のように、サウジ政府は1月2日、シーア派宗教指導者ニムル師を含む47人の「テロリストを合法的に処刑」した。これに対しイラン民衆は激昂し、在テヘランのサウジ大使館を襲撃、放火した。サウジは即座に在リヤドのイラン大使に「48時間以内の退去命令」を出し、引き続き交通関係の遮断、貿易の停止措置を取った。サウジと近いバハレーン、スーダンが「断交」し、UAE(アラブ首長国連邦)とクウェートは大使を召喚し、外交関係を格下げした。

各メディアや各国の外交当局者のこれらの動きが「ホルムズ海峡封鎖」あるいは「第三次世界大戦」の導火線になるのでは、との疑心暗鬼を生み出している。

筆者の「読み」だけを書いておこう。まず、次のグラフを見て欲しい。年末年始のブレント原油価格の推移だ。

原油市場はほとんど影響を受けていないことが見て取れるだろう。1月5日の終値は、Front Monthである2016年2月渡しが36.42ドルであるのに対し、一年先の2017年2月渡しは44.68ドル、昨年末同様8ドル強高いだけだ。

市場は、これまでの動きでは需給構造にさほどの影響を与えないと見ている、と言える。
 
今回の一連の動きは、両国の内政上の必然性から生じたものだと思われる。
サウジ側は、国内の治安維持のため宗教的締め付けが要求されており、同腹ながら第1皇太子(内務大臣兼務)と第2皇太子(経済政策の最高責任者、国防大臣兼務)の間には強烈なライバル意識があるのだろう。

イラン側は2月26日実施の総選挙の「立候補希望者の資格審査」を護憲評議会が行っている段階にあり、保守派の意向を尊重する必要がある。
これらが両国の強硬策の背景になっている。

現在、両国はイエメン、シリアで現地勢力を支援し「代理戦争」を行っている。両国がどのような対応を取っていくのか。米露両大国が調停の意向を示しているが、現時点では、状況の展開を注視することが必要だ。

特に核協議をめぐる合意に基づき、イランに対する経済制裁解除が予定通りに発動されるかどうかが重要だろう。シリア情勢への対応を含め、イランへの融和姿勢を見せている米国に対するサウジの反発が今回の一連の動きの背景にあるからだ。

サウジとイランの断交。これは、「波乱万丈の2016年」の幕開けに過ぎない。

岩瀬昇 1948年埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、二度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクでの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?エネルギー情報学入門』(文春新書)。「岩瀬昇のエネルギーブログ