少々、専門的な話題で恐縮ですが、昨今、人材育成の分野でインバスケットが注目されているそうです。最も売れているといわれている書籍を読みましたが、厳密にいえばこれはインバスケットではありません。
●インバスケット普及の背景
2000年以降、多くの企業において、成果主義人事制度が導入されました。成果主義は、組織を活性化させて社員の満足度を向上させることを期待されましたが、効果はおろか制度上の矛盾を露呈する結果に陥っています。社員のマインドは疲弊しており、若手・中堅社員には将来の展望が見えにくく、将来のキャリアについても漠然とした不安が蔓延しています。企業の中核を担うべきはずのミドル層においても、日々の仕事に忙殺され、仕事にやりがいを感じられず、停滞感や閉塞感を抱いている方は少なくありません。
そのような環境のなか、人材育成の手法としてインバスケットに注目が集まりました。企業の実態に即したシミュレーションを用意するので実践的であることが理由として挙げられます。
ここで紹介するインバスケットとは、元々はアセスメントとして、英国のスパイ選抜や、第二次大戦後のGHQ統治下のもと、有能な管理者を選抜する目的で開発されたものです。
具体的には、実際の職場に近いシチュエーションを用意して、受験者を評定するものです。「グループ演習」「面接演習」「案件処理の効率的解決の方法」などが存在します。これらのビジネスゲームに使用する基準は「ディメンション」と呼ばれています(インバスケットはディメンションの1つのパーツに過ぎません)。
例題)次のような設定の場合、どのような対応が好ましいでしょうか?
設定)あなたは部長です。人事部長のメールにどのように返信しますか?
—– Original Message —–
From: 人事部
To: 全社部長同報
Sent: Tuesday, ×× 8:01 AM
Subject: 新規事業部門への人員配置について
各部長
来年度から設立される新規事業部門は社長直轄の特命部門になることが決まりました。 設立時は10~15名程度の規模になる予定です。各部門からは1~2名の人員を放出してもらいますが、社長直轄の特命部門なのでエース級の放出を希望します。放出する人員のリスト、放出の理由を明記して来週金曜日の17時までに報告してください。
人事部長○○○○
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人員を減らされては困るので抗議をする人もいれば、部門運営に支障を来たさない人物を放出する人もいるでしょう。人事部長はエース級の放出を期待していますが、実際にはこのとおりにはなりません。
自社の設定に近いシチュエーションを設定することで、ビジネスセンスや業務処理能力を測定することができます。このようなケースを部門別、役職別に用意しておけばかなり実践的な人材育成が可能になります。
●インバスケットとコンピテンシーの違い
90年代後半以降、日本では人事制度(特に人事評価)において、コンピテンシーが急速に普及しました。しかし、コンピテンシー普及に関しては、本流である欧米のモデルとは異なった、強引な解釈があったと言わざるを得ません。
結果的に、コンピテンシーを導入した企業の多くは、相当額の費用を投下しながらも、運用面で失敗しており、未だに多くの企業において、コンピテンシー導入の混乱や迷走が生じていることは周知の通りです。
コンピテンシー導入は評価との連動性、特に報酬とのリンクが重要とされ、人事評価策定のためのツールとして位置づけられてきました。ここで重要なポイントになるのが、本流である欧米において、コンピテンシーはどのように解釈されどのように導入されてきたかの実例です。
欧米の実例を観察する限り、日本のように評価や報酬と連動させた事例を目にすることはまずありません。コンピテンシーは人事機能における一つの要件として、主に人材育成の指標として活用されていました。評価や報酬に連動させることは無かったのです。
ところが未だに、コンピテンシーは評価・報酬基準の策定や、好業績者の行動特性として人事制度の中に取り込まれ続けています。このことが、人事制度における歪みを生じさせていることは言うまでもありません。
年功による閉塞感の強かった日本では、成果主義を導入することで、企業が活性化して社員もイキイキすると考えられていました。好業績の社員をハイパフォーマーと規定し、その行動、態度、思考パターンを行動特性・行動要件として抽出するというプロセスは非常に新鮮だったのです。
●今後トレンドになるメソッドはなにか
インバスケットやコンピテンシー、自社に即した演習を開発すれば自社の社員が変貌して好業績になるという飛躍的な考えが蔓延するようになり、爆発的に広まる契機ともなりました。
今後、トレンドになるメソッドは法改正の影響を受ける施策です。法改正によって変化を余儀なくさせる領域です。それをマネージすることで現況を大きく改善させることが可能な領域です。そのあたりを鑑みると、ストレスチェックがどのように組織に影響を及ぼすのか興味深いところです。
ストレスチェックの解釈には未だ温度差があり、義務化には至ったものの戸惑いが感じられます。今回は現場に権限が付与されており、安全衛生委員会の位置づけや、組合の意向が影響を及ぼします。つまり運用次第では現行人事機能の刷新が求められることになります。そのような観点で考えれば大いに着目すべき領域であることは間違いありません。
尾藤克之
経営コンサルタント