共同の価値観を見失った欧州 --- 長谷川 良

欧州連合(EU)は創設以来、紆余曲折を経ながら拡大してきた。創設当初6カ国時代から現在28カ国に拡大した。加盟を希望する候補国もブリュッセルのEU本部前で列をなしている。

EU拡大のハイライトは旧ソ連。・東欧諸国が冷戦終了後、次々と加盟したことだろう。東西に分裂していた冷戦が幕を閉じることで、EUは欧州大陸で唯一の政治・経済機構となった。その潮流は欧州全土に留まらず、中東のトルコまでEU加盟国の称号を得ようと躍起となってきた。ここまでは良かったが、昨年からその潮流は逆流する兆しが見えだしたのだ。

EUに昨年、北アフリカ・中東諸国から100万人を超える難民・移民が殺到してきた。彼らは個人レベルだが、EU国民となることを目指して来た人々だ。問題は難民・移民の数が余りにも多く、収容問題でEU加盟国内で対立が表面化してきたことだ。

ブリュッセルで昨年開催された内相理事会で16万人の難民の分担が決定され、各加盟国が一定の難民を引き受けることになった時、チェコやスロバキアは早速、抗議し、スロバキアは、「わが国はイスラム教徒の難民は引き受けられない」とはっきりと拒否。ポーランドもそれに続いた。

ブリュッセルのEU本部が最も警戒している政治家、ハンガリーのオルバン首相は、「EUは経済機構に留まるべきだ。それ以外は主権国家の政府と議会が決定すべきだ」と提案している。それだけではない。「EUは共同の価値観の集団でもなく、政治機構でもない」と言い出したのだ。

共同の価値観まで削除し、単なる経済機構となれば、EUの歴史が逆流したことを意味する、EU創設当初はあくまで経済的共同体だった、それが冷戦時代を経て、民主主義、自由、平等と法の支配を擁護する、といった共同価値観が強調されてきた。すなわち、金だけの集団ではなく、明確な価値観、世界観に裏付けられた機構と自負してきた。

財政危機、難民危機などを体験したEU加盟国には現在、ブリュッセル主導のEU運営に強い不満の声が出てきた。表面上はキャメロン英首相のEU機構改革と同列だが、ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアなど東欧加盟国からは「EU支配から脱皮して主権国家へ回帰」現象が見えだしたのだ。

右派政党「法と正義」(PiS)が主導するポーランドのシドゥウォ新政権は憲法裁判所改革、メディア法の改正など実行し、政権への権力集中を目指している。オルバン首相はポーランドの右派政権と連携を図り、チェコ、スロバキアなどを加えた東EUの創設を夢みてきている。経済機構としてのEUの利点は享受するが、それ以外は主権国家の権限で政策を決定していくという一見、利己的な改革案だ。

冷戦時代の東西分裂から大統合を目指してきたEUが現在、再び「分裂」に直面しているわけだ。このプロセスは一見、欧州が最初の振出点に戻ってきたように考えるかもしれないが、最初の「西欧と東欧」の時代は民主主義陣営と共産主義陣営といった明確な価値観を掲げていた。現在表面化した「西欧と東欧」の分裂はその共同価値観すら排除された純粋な経済共同体の発足を目指しているのだ。

共同の価値観を失った統合はいつでも分裂する危険性を内包している。その分裂のプロセスで欧州が再び戦場に戻る危険性も完全には排除できなくなる。ひょっとしたら、EUの東西分裂はロシアのプーチン大統領のユーラシア連合構想に現実味を与えることになるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。