北「無人機」とオバマ氏の「戦略的忍耐」 --- 長谷川 良

オバマ米大統領と中国の習近平国家主席は案外、似ている。もちろん、外貌ではない。北朝鮮に対する政治姿勢が似ているのだ。両者の対北政策は、お互い申し合わせでもしたのではないかと疑いたくなるほど似ているのだ。

以下、説明する。オバマ米大統領は13日、任期最後の新年の一般教書演説の中で北朝鮮問題に一度も言及しなかった。北朝鮮が4回目の核実験、それも「水爆実験」を実施したのは今月6日だ。あれから1週間も経過していない。国際社会は北の核実験に抗議し、「国際社会の安全と秩序を破壊するものであり、国連安保理決議に違反する行為」(国際原子力機関天野之弥事務局長)と最大級の批判で抗議している。にもかかわらず、オバマ大統領は北の核実験には全く言及しなかったのだ。あたかも、「水爆実験」が行われなかったかのようにだ。

韓国日刊紙「朝鮮日報」は14日付の社説でその点に言及し、「オバマ大統領は北の3回目の核実験の時には一般教書演説の中で北に警告を発したが、今回は全くなかった」と驚きを述べている。

オバマ大統領の対北政策は通称、「戦略的忍耐」と呼ばれている。すなわち、北が核開発計画を具体的に放棄するまで、無視を続けるというものだ。北が米国の関心を引こうとして核実験をしたとしても、米国側は無視し、沈黙するという忍耐だ。

ところで、「忍耐」と言えば、その背後に高尚な戦略、ないしは哲学が控えていると受け取る楽天主義者がいるかもしれないが、オバマ大統領の「忍耐」の場合、どうやらその文字のごとく、もっぱら黙っているだけのようだ。

ちなみに、韓国は過去、対北政策でアメとムチ作戦で北に懐柔を強いていく方針を取ってきたが、韓国指導者が対北政策の成果(南北首脳会談の実現など)を早急に求めるあまり、常に最初にアメを提供してきた。そのため、その効果は全くといっていいほどなかった。だから、朴槿恵大統領は就任当初から北側には非核化への実行を先ず要求、それに応じるならば支援を惜しまないという政策を取ってきた。ある意味で、オバマ大統領の「戦略的忍耐」に似ている。

北側の瀬戸際戦略に常に屈してきた米韓が「戦略的忍耐」に拘った背景は理解できる。問題は、米韓が「戦略的忍耐」を実施している間、北の核開発計画が停止したり、核開発計画の再考の気配が出てきたか、だ。

残念ながら、その答えはネガティブだ。「戦略的忍耐」は北に時間を与え、その核開発は水爆実験をもたらし、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行っている。北の大量破壊兵器が米国大陸に届く日が近づいているのだ。これがオバマ大統領の「戦略的忍耐」の結果だ。

一方、習近平主席の対北政策は2012年就任後、国際社会の除け者・北朝鮮と距離を置く政策を取ってきている。中朝は血で固められた友誼関係と言われた時代は江沢民元国家主席から胡錦濤・温家宝体制までで終焉し、習近平主席時代に入り、中朝関係は明らかに冷えてきている。習近平主席は過去5回、韓国の朴大統領と首脳会談を行う一方、30歳代の若造・金正恩第1書記との首脳会談は拒否し続けている。

当方はこのコラム欄で「北の楽団公演中止は『中国の事情』」2015年12月17日参考)を書き、モランボン楽団の北京公演で習近平国家主席派と江沢民前主席派との激しい権力争いが展開され、習近平派が北の楽団公演中止を決めた、という「中国の事情説」を紹介したばかりだ。

海外中国反体制派メディア「大紀元」は「習近平体制は江沢民派とは反対に、国際社会で腫れ物扱いされている北朝鮮と距離を置くようにしている。それを邪魔するため江派は北朝鮮を中国に近付けさせようとした。直前にドタキャンとなった昨年末の北朝鮮御用楽団、モランボン楽団の訪中親善公演は江派が意図的に企画したものという情報がある」と分析し、習平近派が土壇場で公演を中断させたという中国側の事情を報じている。

オバマ大統領と習近平主席の対北政策の類似点は「北とは出来るだけ関わらない」という姿勢で酷似しているわけだ。オバマ大統領の場合、就任当初から「米国は世界の警察官を務めない」と表明してきた大統領だ。それに対し、朝鮮日報の社説は「オバマ大統領の対北政策は『戦略的忍耐』ではなく『意図的責任回避』だ」と酷評している。

最後に、付け加えなければならない情報がある。韓国軍は13日、南北軍事境界線近くに北朝鮮の無人機とみられる物体が接近したと発表している。韓国軍は戦闘機を出撃させ、北の無人機を撃墜しようとしたができなかったという。

北の無人機の性能が向上した日には、北側は大量破壊兵器を搭載した無人機による奇襲作戦が可能となる。オバマ大統領が忍耐し続けている間、北は着実にその戦略兵器を拡大してきたのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。