出版物の生き残り策はこれしかない --- 中村 仁


▲出版市場は再販制を維持するものの衰退が続く(アゴラ編集部)

生命維持装置・再販制の改革を


紙の書籍、雑誌の衰弱ぶりがひどくなってきました。昨年の出版物の販売額が前年比で5%も減り、過去、最大の落ち込みとなりました。出版物には電子出版も含まれ、これは31%も伸びましたから、紙の不振には目を覆います。出版文化の衰退は国民の知的レベルの衰退につながります。さてどうしますか。

一桁台の減少ではないか、と軽く考えてはいけません。もう20年近く、毎年、じりじり減り、ピークだった1996年の販売額は書籍・雑誌あわせ2兆6500億円、それが昨年は1兆5000億円、つまり1兆円以上も減ってしまいました。日本企業で年間売上の最高はトヨタの27兆円で、1.5兆円台の企業も10社以上あります。家電量販店のヤマダ電機もそうです。日本の出版社が束になってかかっても、やっとヤマダ電機1社の売り上げです。

出版界が悩み続けた持病


技術が進歩する中でメディアの多様化が進んできましたから、紙媒体の縮小は今後も避けられない運命です。紙文化の衰退を嘆いてばかりいないで、できるだけ紙から電子書籍・雑誌に役割を移せるものは移していく積極性は必要です。これが生き残り策のひとつ。一過性でいい知識、情報ほど電子媒体に向くでしょう。紙にしか向かないものもあります。そこで私が気になるのは、出版界の体質的な持病です。

持病というのは、売れない出版物の大量生産のことです。経費をかけて制作しても、売れないから利益を生まない。そこでますます売れない本でも大量生産してカバーしようとする。悪循環です。私は15年前ほど、出版社に出向していた経験があります。そのころにはこうした矛盾は強く認識されていました。病気が認識されていても、手が打たれてこなかったやっかいな持病です。

返品率40%という浪費


書籍の返品率は約40%です。こんなに高い返品率でやっている業界は他にはないでしょう。返品された本はまた出荷されます。再出荷されても売り切れる本は少なく、最終的には業界全体でこんなに高い返品率になるのです。時代や流行の変化が早く、出版物の賞味期限も早く切れます。売れ残った本は断裁(廃棄)されます。壮大な浪費です。

手軽に買える新書市場には出版社が次々に参入し、おびただしい数が出版されています。大手は1社で年50点もだしますから、10社で500点、20社で1000点です。1000点、つまりそれに見合う良質な筆者1000人を確保するのは容易ではないでしょう。

私は新書の愛読者です。店頭で選んで買ったつもりの本でも、合格点をつけられるのは5冊に1冊でしょうか。じっくり時間をかけて熟成させないまま、出版される安っぽい本が増えています。売れないからますます急いで次の本を出す。1点あたり印刷部数は低下を続け、利益率が落ちるから定価は上げる。物価下落のデフレの時代というのに新書の定価は上がり、1000円近い本も目に付きます。

時限再販から改革に着手を


悪循環を止めるには、出版流通制度の大改革が必要です。書店から取次へ、取次から出版社へという自由返品を認めないようにすることです。返品を認めなければ、書店は内容を吟味して、売れ残りがでないように仕入れの工夫をするでしょう。現在の再版制度では、小売価格を指定・拘束できる代償として、売れ残りは取次、出版社が定価で引き取ることになっています。売れ残りを気にしないですむ制度が結果として、出版界の体質を弱体化させているのです。

そうはいっても、おびただしい数の出版物の内容を吟味し、その価値(価格)を書店がすべて決めるのは実際は無理でしょう。そこで出版社が参考価格をつけ、半年間は値引きを認めないという時限再販制を検討すべきでしょうね。決められた期間がすぎたら値下げして、できるだけ売り切ることができるようにするのです。乱立気味の出版社が淘汰、集約されることなるでしょう。書店もさらにチェーン化し、情報や判断材料を共有していく必要があります。そうでもしない限り、出版文化は衰退を続けることでしょう。

書店は売れ残りがでたら丸損になるので、必死になります。書店が必死になれば、出版社も必死になります。再販制度は、全国どこでも、いつでも同一価格で出版物を買えるようにしておき、言論、表現、思想、文化の多様性を支える装置として導入されました。この出版文化の生命維持装置を持ち続けたまま、ずるずると衰弱していくのか、維持装置をはずして体力を回復させていくのか。どうやらその分岐点にきたようです。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。