有馬 純
東京大学公共政策大学院教授
12月12日、COP21はパリ協定を採択して参加者総立ちの拍手の下で閉幕した。パリ協定は京都議定書以来、初めての法的枠組みとして温暖化交渉の歴史上、画期的な位置づけを有している。本稿ではパリ協定の概要を紹介すると共に、その評価について論じたい。
1・温度目標の設定
パリ協定第2条では本協定の目的の一つとして「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求すること」を規定した。この温度目標を踏まえ、緩和(温室効果ガスの削減・抑制を指す)を規定した第4条では、「できるだけ早く温室効果ガスのピークアウトを目指し」「その後、迅速に排出を削減し」「今世紀後半に温室効果ガスの排出と吸収のバランスを図る」との長期目標が設定された。
2・すべての国がプレッジ&レビューに参加
パリ協定の最大の特色は、先進国、途上国を含む全ての国が温室効果ガスの削減・抑制のために「各国が決めた貢献(Nationally Determined Contribution。以下「NDC」と略称する)」を策定・通報し、その進捗状況を報告し、レビューを受けるという「プレッジ・アンド・レビュー」が義務づけられたことだ(第4条、第13条)。なお、目標数値の達成自体は協定上の義務とはなっていない。先進国のみが削減義務を負い、途上国は何ら義務を負っていなかった京都議定書とは大きく異なる。2013年~2020年の枠組みとして採択され、先進国、途上国が緩和目標・行動を持ち寄り、その進捗状況を計測・報告・検証するカンクン合意の流れをくむボトムアップの枠組みである。
パリ協定では各国は5年ごとにNDCを提出することが求められ、「累次のNDCは、・・・従前のNDCを超えた前進を示し、及び可能な限り最も高い野心を反映する」こととされている。後者は「後退禁止条項」と呼称されるが、目標の提出や5年ごとのアップデートについては条約上の義務を示すshallという助動詞が使われているのに対し、目標の前進については、それよりもずっと弱いwillが使われており、「交代禁止」というよりも「前進逍遥」と言う方が正確だろう。
なお、パリ協定第6条には締約国同士が自主的に協力してダブルカウントを避けつつ、緩和成果を国際的に移転するメカニズムを許容する規定が盛り込まれた。日本が追求してきた二国間クレジット(JCM)が読み込めるものと評価できるが、計測方法については国連で採択されるガイドラインに準拠することが求められており、JCMの使い勝手を良くするためには、今後のガイドライン交渉が重要だ。
3・資金援助では途上国に配慮
途上国が温暖化交渉に参加する最大の動機は先進国からの支援拡大である。このため、今次交渉で彼らが最も重視したのが資金援助(第9条)であった。カンクン合意では2020年までに先進国から途上国に対し、年間1000億ドルの資金援助を行うことが規定されていたが、交渉では新たな数値目標を盛り込むかどうかが大きな争点となった。
その結果、COP決定に「先進締約国は開発途上締約国の意味のある緩和行動と透明性のコンテクストの下で既存の資金動員目標(注:年間1000億ドルを指す)を2025年まで継続する意向であり、2025年に先立ってパリ協定締約国会合は1000億ドルを下限として新たな数値目標を定める」という文言が入った。
協定本体に数字が入ることを避けたい米国等に配慮し、COP決定に記載されたとはいえ、支援金額の下限と新たな目標の設定時期が明記されたことは途上国にとっての戦果であろう。また先進国は資金援助に関する量的、質的報告や公的介入を伴う資金援助に関する透明性のある情報を2年に1度提出することが義務付けれ、後述するグローバルストックテークでも先進国による資金援助の情報が考慮される。このように先進国に対して途上国への資金援助についてのプレッシャーが間断なくかかる仕掛けが随所に埋め込まれた。
他方、資金援助の出し手については先進国オンリーから拡大された。今や世界第2位の経済大国となった中国がAIIBの創設等を通じて途上国への資金フローを強化している中で、温暖化交渉の世界では引き続き先進国のみが資金援助を行うというのはいかにも不合理である。パリ協定では「先進締約国は・・・緩和と適応に関連して、開発途上締約国を支援する資金を提供する」、「他の締約国は、自主的な資金の提供又はその支援の継続を奨励される」と規定され、資金援助の出し手が先進国のみに限定されないこととなった。
4・「共通だが差異のある」透明性フレームワーク
今次交渉で先進国が最も重視したのは、緩和目標の実施状況に関する情報提供、レビュー(これを総称して第13条では「透明性フレームワーク」と呼んでいる)であった。新たな枠組が目標値を義務づけるものではない中で、枠組みの実効性を確保するためには各国が自国の出した目標達成に向けて努力していることを「見える化」することが重要だからだ。
先進国は透明性フレームワークが先進国、途上国の緩和行動に焦点を当てることを主張したが、途上国は「自分たちの緩和行動の成否は先進国からの支援次第。緩和行動の進捗状況をチェックするならば、そのための支援状況もチェックすべき」として、透明性のスコープを緩和のみならず、途上国への支援(資金、技術、キャパシティビルディング)も対象とすべきであると主張した。パリ協定では「相互の信頼を構築し実効的な実施を促進するため、・・・行動及び支援の強化された透明性フレームワークを設ける」と規定され、透明性の対象は行動(温室効果ガスの削減、抑制)と途上国の緩和、適応への支援の双方となり、途上国の主張が取り入れられた形となった。
また透明性フレームワークの実施に当たって「能力に照らし柔軟性を必要とする開発途上締約国には、透明性の枠組みの柔軟な運用を認める」とされ、COP決定では「開発途上国に対し透明性のスコープ、頻度、報告の詳細度、レビューのスコープの面で柔軟性を認めなければならず、各国訪問審査については選択を認める。こうした柔軟性は透明性フレームワークのモダリティ、手続、ガイドライン策定に反映されねばならない」と規定された。
今次交渉において先進国は「先進国と途上国が同じ透明性フレームワークの下に置かれるべき」と主張してきたが、中国、インド等が参加する有志途上国グループは先進国と途上国でプロセスを二分化することを主張してきた。パリ協定の規定を見ると、先進国、途上国が一つのフレームワークに参加する形式は取りつつも、随所に途上国配慮条項が埋め込まれており、「共通だが差異のある」フレームワークになったと言えよう。
5・グローバルストックテーク
パリ協定14条では各国の努力の総計と長期目標を比較するためのグローバルストックテークの規定が盛り込まれた。グローバルストックテークでは先進国、途上国の全体としての温室効果ガス削減・抑制に向けた取組みの進捗状況のみならず、途上国への支援についても検討される。透明性フレームワークと同様、途上国の主張を反映した形だ。グローバルストックテークは2023年を皮切りに5年ごとに実施され、その結果は各国が行動、支援を更新、拡充する際の参考とされる。
パリ協定の特色は2度、更には1.5度安定化、そのための今世紀後半の排出・吸収バランスというトップダウンの野心的な目標と、各国の国情に合わせたNDCの策定、通報、レビューというボトムアップの枠組みが併存していることだ。グローバルストックテークの規定はこの両者を収斂させるための仕掛けと言える。
(下)に続く。