石坂浩二氏の降板騒動に見るTV局のコンプライアンス --- 川崎 隆夫

1月28日のヤフーのトップ頁に、「石坂浩二『鑑定団』降板の背景…酒席で口論、プロデューサーと確執」というタイトルの記事が掲載されました。それによると、俳優の石坂浩二氏がテレビ東京「開運!なんでも鑑定団」の司会降板を同局から通告されており、3月いっぱいで交代する方向で調整が進んでいる、とのことです。

加えて今回の石坂浩二氏の降板劇は、制作会社所属のチーフプロデューサーとの確執が主たる原因であり「数年前、酒席でプロデューサーが同席者とトラブルになった際、止めに入った石坂さんと口論になり、そのときから2人の関係性が良くない」といった関係者の証言も紹介されています。

また別の報道によると、石坂浩二氏は、「鑑定団」の司会者の一人であるにもかかわらず、約2年間にわたり石坂浩二氏の発言が、番組の編集段階でカットされ、その状態のまま放送されてきたという「異常事態」が続いていたようです。

報道内容が概ね正しいとすると、酒席の場で生まれた制作会社のチーフプロデューサーと石坂浩二氏の「確執」により、「開運!何でも鑑定団」の制作会社は司会者である石坂浩二氏の発言部分を意図的にカットした番組を制作し、テレビ東京はその事実を追認してきた、ということになります。つまり、制作会社のチーフプロデューサーの「私的感情」により、約2年間にわたり放送された番組の「品質」が、著しく損なわれてきた可能性がある訳です。

「開運!何でも鑑定団」は、平均10%以上の視聴率を上げる、テレビ東京のドル箱番組のひとつです。つまり一般企業に当てはめると、「開運!何でも鑑定団」は、提供する各種サービスの中でも「主力商品・サービス」のひとつに相当する、といえるでしょう。 

テレビ東京は、持ち株会社が東証一部に上場している大企業です。また、放送事業という極めて公益性の高い事業を営む企業でもあります。仮に報道内容が事実だとすると、東証一部に上場し、かつ極めて公益性の高いサービスを提供している大企業において、外部の協力会社(本件の場合は番組制作会社)の一社員の私的感情により、提供する主力サービスを構成する「重要な要素」が現場の一部の人間の判断で改変され、そのまま追認されたということになり、その事実に驚きを禁じえません。

■企業が定める「コンプライアンス行動規範」
現在、上場企業のみならず中小企業であっても、「コンプライアンス行動規範」を定める企業が増えています。その中で、社員に対しては「ハラスメントの禁止」「公平・公正な評価及び処遇の実施」などを行動指針として定め、社外の取引先に対しても「接待等の不明朗な関係の排除」「優越的な地位の濫用として禁止されている行為の禁止」などについて定めている企業が殆どです。

テレビ東京も、自社HPの「テレビ東京グループ行動規範」の中で、対取引先との関係や、ハラスメントに対しは、以下のように定めています。

12..取引先などとの信頼関係の保持
取引先との間で不公正な決定・便宜供与・取引はしない。取引先の役職員との間で、社会通念の範囲を超える贈答・接待その他の経済的利益の供与をせず、また、受けない。
公務員に対して不正な接待・贈答・便宜供与はしない。

16.職場環境の保全
会社の職務や地位を利用したいやがらせや、性的いやがらせをしない。相手に不快感を与える性的発言をしない。性的いやがらせと誤解される行動もしない。
<テレビ東京 HPから抜粋>

今回が報じられた石坂浩二氏の「鑑定団降板」に関する報道が概ね事実だとしたら、司会者である石坂浩二氏のコメントが作為的にカットされ、その後降板に追い込まれたことは、「不公正な決定」及び「会社の職務や地位を利用したいやがらせ行為」として捉えられても致し方ない要素を含んでいる、と感じます。

■コンプライアンス定着のための施策
昨今、各TV局も「コンプライアンス」の定着に、全社的に取り組んでいるようですが、未だに番組内での「やらせ」等の行為が無くなったとはいえず、BPOに持ち込まれる案件もゼロにはなっていません。その原因として、外部の有識者などからは、個別の制作現場が強い発言力を有していて、TV局の経営者といえども現場に意見をしにくい点や、制作現場において「視聴率至上主義」が蔓延し、視聴率を上げるためには手段を選ばない、といった風潮が見受けられる点などが指摘されています。

現在、日本企業の多くは「コーポレートガバナンス」や「コンプライアンス」等の周知徹底のために、相当の労力を使っています。例えば、ある上場企業では、数万人にも上る社員を対象に、毎年企業理念やコンプライアンス等の定着を図るための研修を開催し、全社を挙げてコンプライアンスの順守に取り組んでいます。 このように、企業理念の浸透やコンプライアンス意識を高めるための研修や勉強会を実施する企業は、この数年着実に増えつつあります。

一方で、「TV局で、全社員に対してコンプライアンスに関する勉強会を実施した。」などといったニュースを目にしたことはありません。私見ですが、他企業と比較した場合、TV番組の制作現場においては、まだコンプライアンスに対する意識が低いレベルにある、と感じています。その改善のためには、経営トップがリーダーシップを発揮して、社内研修などの施策実施による「コンプライアンスの定着活動」に取り組む必要があります。 そのような取り組みにより番組の品質が向上し、その結果「視聴者満足(CS)の向上」につながっていくもの、と考えられます。

今回の石坂浩二氏の「鑑定団降板騒動」は、コンプライアンスの面からみると、大した問題ではないのかもしれません。但し、このような「小さな綻び」を放置したままにすると、やがては番組品質の低下を招き、視聴者離れが加速化していくリスクも高まる、と予想されます。ついてはテレビ東京のみならず、TV局各社には、今回の事案を、経営革新を進めるための「絶好の材料」として捉え、全社レベルでコンプライアンス意識を高めるための「トリガー」にしていただきたい、と思います。

【参考記事】
■中年世代になったら考える「キャリアのリスクマネジメント」
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-24.html
■65歳定年時代の「老害シニア対策」とは?
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-23.html
■世界最低レベルの「社会人の学び直し」比率
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-22.html
■「一億総活躍社会」実現のための「中高年転職市場」
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-21.html
■ワタミ復活のために求められる「理念経営」との訣別
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-20.html

株式会社デュアルイノベーション 代表取締役
経営コンサルタント 川崎隆夫