元原子力発電環境整備機構(NUMO)理事
「度重なる違反」の根本原因は拙速導入したもんじゅ保全計画
「もんじゅ」の運営主体である日本原子力研究開発機構(原子力機構)が、「度重なる保安規定違反」がもとで原子力規制委員会(規制委)から「(もんじゅを)運転する基本的能力を有しているとは認めがたい」(昨年11月4日の田中委員長発言)と断罪され、退場を迫られた。事の発端は、いわゆる「1万点近い機器の点検漏れ」(実際に起きたのは点検工程変更手続き漏れ)であるが、いかなる事情があったにせよ、定められたルールを守らなかったという点で、明らかに原子力機構の看過できない失態であった。
しかし、その後に続いた数次の保安規定違反については、全体を冷静に眺めてみると、それらに共通する根本原因が、平成21年(2009年)1月に原子力機構が拙速導入したもんじゅ保全計画にあることがわかる。
2008年8月に「保全計画に基づく新検査制度」導入を盛り込んだ改正炉規法が公布された。この新制度は、実用の軽水炉発電所を対象に長年の検討を経て法制化されたものであるが、公布間近になって突然当時の原子力安全・保安院より実用炉ではない「もんじゅ」にも新検査制度を適用する方針が示された。検討段階ではまったく「蚊帳の外」に置かれていた原子力機構にとっては寝耳に水の出来事であった。10月になるとさらに「使用前検査中の設備であっても保全計画を作成すべし」との具体的指示が出され、法施行の平成21年1月に運用に入ることを求められた。
その結果、数十年の保全経験と実績を有する電力会社が2~3年かけて作成した保全計画を、経験僅かな「もんじゅ」は実質2ヶ月間で計画を取りまとめ、運用に入ることを余儀なくされた。軽水炉の見よう見まねで急造した保全計画は、過剰設定の上、文書上の不備のチェックも不十分で、高速炉の特質などとの整合がとりきれていない、未熟で欠陥の多い計画となった。さらに関連する膨大なデータ管理用の計算機システムも未整備なまま、手作業での運用開始となったのである。こうした経緯をみれば、もんじゅ保全計画が欠陥品となった責任の半分は、タイムリーな予告と適切な準備期間を与えなかった規制側にあったことは明白である。
規制委員会の「誤診」が生みだした「何度も違反を繰り返す原子力機構」という虚像
2011年3月の福島第一原発事故を契機に世論は規制の厳格化を求め、改組後の規制庁と規制委員会は、事業者との対話的姿勢を排除し、極めて厳格な検察的規制へと変身した。その結果いったん作成された保全計画とその下の点検計画は、容易に変更しがたい厳しい規制要件と化し、その欠陥に由来する不備や不履行はすべて「保安規定違反」として数え上げられることとなった。単純な誤りでさえ、逐一技術的根拠を示さない限り修正は許されず、それらも違反を問われることとなってしまった。
「点検漏れ」問題後に行われた一連の保安検査で、急造保全計画の欠陥に由来する不備が次々と洗い出され始めた。しかしこれらの保安検査で規制が確認したことは、大元の「保全計画が欠陥品であることを示すいろいろな証拠」を数次にわたって見つけ出したのであって、決して「毎回新たに発生する違反」を見つけたわけではない。ところがここで規制委員会は、自らの確認行為を「新たに発生する違反の発見」と誤認するという基本的過ちを犯してしまったのである。
その結果、欠陥保全計画の根本見直しを求めることで不備の発生源を除去するという規制が本来取るべき道を忘れ、その欠陥から派生する個別的な不備のもぐらたたきに原子力機構を奔走させるという道に突き進んでしまったのである。「その後何度も議論してきたが、一向に問題の解決が得られない」(昨年11月4日の田中委員長発言)のは、「保全計画の欠陥の証拠」である不備を逐一「新たな違反」と誤認して数え上げ、短時間の期限を設けてそれらの是正と反省を迫ることで原子炉機構を翻弄し、疲弊させることで、結果的に本来行われるべき保全計画の欠陥の見直しを妨げてきたからにほかならない。規制委員会は、樹木医に例えて言うなら、樹木本体(幹)の病気が原因で発生した病葉を見て、幹の治療は放置し、一枚一枚の病葉治療に走るという藪医者的誤診を犯してしまったのである。
規制委員会の上記のような藪医者的対応は、「何度も違反を繰り返す原子力機構」というイメージを生み出し、それを世間に定着させることとなった。しかし、そもそも度重なる不備の発生源が保全計画の欠陥にあり、それが欠陥品となった責任の一端が規制側にあったことを考え合わせれば、規制委員会の対応は全く公正さを欠く不当な仕打ちと言わざるを得ない。
「もんじゅ退場勧告」は、規制委員会の二重の「誤診」が生み出した異形の勧告
規制委員会は、自身の誤診を自覚しないまま病葉数えを続けたが、幹の治療をしなければ病葉(幹が病である証拠)がきりもなく見つかるのは当たり前である。そうした単純な道理も認識できないまま、さらに続いて見つかる不備に業を煮やした規制委員会は、あろうことか、その原因を原子力機構という組織の資質に求めてしまったのである。病葉退治がうまく進まない状況に、樹木本体の治療には目をつぶったまま、「その木が生える土壌が悪い」と言い出したのである。第2の的外れな「誤診」を犯したのである。
その結果、保全計画の根本見直しという王道の対策は規制の視野から完全に消え去り、問題を判断基準がきわめてあいまいな組織の資質問題へと変質させてしまったのである。そうして資質問題で原子力機構をトコトン追い込むことが規制の正義であるかのように誤解してしまい、その行き着いた先が「もんじゅ」からの原子力機構退場というエキセントリックな勧告(もんじゅ退場勧告)であった。
違反多発問題は、その発生源である欠陥保全計画の根本見直しをさせれば自然解消するのである。「もんじゅ退場勧告」は、大局的に物事を判断する能力を欠いた規制委員会が犯した二重の「藪医者的誤診」が生み出した異形の勧告なのである。
ふがいない原子力機構の対応
原子力機構も、現行保全計画の根本見直しを行わない限り、規制との泥沼戦争は終わらないと気付き始め、遅ればせながら平成26年(11年)夏ごろから根本見直し作業に着手した。しかしその作業は膨大な労力を必要とする上、保全計画について規制との間で明確な仕切り直しを行わなかった。
そのため、従前からの違反問題対応から足が抜けず、肝心な保全計画見直しに全力投球できてないため目に見えるまでの実効が上がらず、結局「もんじゅ退場勧告」に至った。これまで規制から問われている様々な違反は、それをそのまま放置しても停止中の「もんじゅ」の安全に関する実態上のリスクを高めることにはまったくつながらない。
したがって、規制を説得してでも当分個別違反問題への対応は全面凍結し、全精力を保全計画の根本見直しに傾注するのが問題処理の本筋と筆者は考えるが、原子力機構はそこまで腹をくくった対応をとるに至っていない。当の原子力機構は、弁護人を置かない特設軍法会議の前に立たされた被告のようなもので、相手に「誤診」を指摘し、自覚させるなどという大それたことを面と向かって行いがたい立場にあることは理解できないでもないが、まことに残念なことである。
規制の誤りを冷徹に見定め、王道を踏み外さない解決策を
本稿では詳述を避けるが、高速増殖炉技術は、エネルギー資源のほぼないのわが国の将来にとって、ぜひとも保持していかなければならない技術である。技術開発の過程では、ナトリウム漏れや炉内中継機落下などのトラブルは、あってはならない不祥事では決してなく、それらの体験自体が技術進展の貴重な糧になるのである。設計や机上検討だけでは潰しきれない技術上の隠れた瑕疵を、実際の運転経験を通じて顕在化させ、解決していくことは、「もんじゅ」という原型炉計画に課せられた本来の使命の一つなのである。開発段階での失敗の実体験とその改善の積み重ねが、将来の強靭な実用技術の礎を築くのである。ゼロリスクを求め、失敗を許さない社会に進歩はない。
本稿で明らかにしたように「もんじゅ退場勧告」は大局的に物事の本質を見抜く能力を欠く規制委員会が犯した藪医者的誤診が生み出した全く的外れの処方箋である。そのエキセントリックな勧告に文科省が順々と従うようなことがあれば、それは明らかに国益の損失だ。規制委員会の誤りを冷徹に見定め、王道を踏み外さない解決策を提示してもらいたい。
「もんじゅ」のあり方検討会に望むこと
昨年12月から文科省の大臣諮問機関として、「もんじゅのあり方検討会」(座長・有馬朗人元文科相)が設置され、議論が進んでいる。
以上述べてきたように、規制委員会の勧告の背後には看過できない「誤診」が認められる。文科省の「あり方検討会」では次のような対応に向けた議論が行われることを期待したい。
1.規制に対し、不備多発の原因は保全計画の欠陥にあり、その根本見直しによる原因除去を行わずして、組織問題に進むことは妥当でないとの立場を表明する。
2.その上で、先決課題である保全計画の根本見直しをきちんとやり遂げるための体制を固めさせ、実行させる。その際には個別違反問題への対応は凍結し、原子力機構を保全計画見直しに全力投球させる。保全計画を軽水炉並みに近づけるには、内外の保全の専門家を交えて、規制当局との議論を積み重ねることも必要。
3.事前経験が僅少な「もんじゅ」では保全計画は机上検討だけでは不十分で、実際の定期検査を経験したうえでの改良も必要であり、運用に当たっては1~2年の試用期間を設ける。
4.この間、電力会社に比べ遅れている品質保証活動の定着に向け、品質マネジメントシステム(QMS)の総点検を行い、その運用に係る職員の資質向上に努める。
5.この間に組織の資質に深刻な疑義が生じるようであれば、その時点で改めて組織問題の検討を行う。
6.以上を進める間に、規制に対しては並行的にもんじゅの新規制基準の検討を進め、問題解決後の使用前検査開始までの間の待ち時間短縮を図る。
もんじゅ問題の混乱の原因は、突き詰めれば、原子力機構の資質というよりは、大局的に物事の本質を見抜く能力を欠け、些事に目を奪われる規制委員会自身のレベルの低さにあったといえる。「あり方検討会」の枠を超える課題であるが、規制委員会自体の早急な改革が望まれる。