「建国記念の日」の新しい意義付け

asahi

2月11日が「建国記念の日」となった経緯

今となっては、国民の多くは「みどりの日」や「海の日」の様に、単純に休日を楽しんでいるが、1966年にこの日が「国民の祝日」になる事が決まった時には、相当の議論があった。それというのも、この日は、8世紀前半に編纂された日本最古の歴史書「古事記」や「日本書紀」に、「現在の天皇につながる万世一系の皇統の祖である神武天皇が大和の橿原宮で即位した」とされている日だからである。

戦前・戦中の日本では、学校で教える「日本史」は所謂「皇国史観」一本に塗りつぶされていたから、この日は日本の歴史を語る上で最も重要な日とされており、「紀元節」と呼ばれて大々的に祝われていた。日本を占領した米軍の総司令部は「皇国史観」を全面的に否定し、「紀元節」を祝う事も禁止したが、日本が独立を取り戻してから既に相当の年月の経った1960年代の中頃になると「日本国民があらためて自らの歴史を直視し、自らの国が始まったとされる日を祝うのがなぜ悪いのか」と考える人達が多くなっていた。

しかし、野党第一党の社会党支持者をはじめとして、この事に反対する人も多かった。日本は新憲法では、日本が「天皇が統治する国」である事を明確に否定し、過去の国体と決別したのだから、天皇の祖先が即位した日を新しい日本の「建国の日」とするのはおかしいというのがその趣旨だった。(その背景には、「こういう事をなし崩しに次々に許していけば、何時の日か日本はまた昔の軍国日本に戻ってしまいかねない」という現実的な危惧も勿論あった。)

この反対は筋が通っていたので、推進派も妥協し、結局この日は「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」とするという事で決着がついた。つまり、「現在の日本国がいつ建国されたのか」という事は明確に出来ないが、「国であるからには、どこかの時点で建国されたのだろうから、国民がその事に思いを馳せる日があって然るべきだ」という意味で、この日を「記念の日」にするという苦しまぎれの決着にしたのだ。

世界の他の国々の状況

世界の多くの国々にはそれぞれに「建国記念日」に類する祝祭日があるが、その多くは、他国の支配からの独立を祝う「独立記念日」だったり、旧体制を倒して新体制を打ち立てた「革命記念日」であったりするのが普通だ。日本の様に全てが不確かな神話の時代にまで遡って、それにちなんだ日を「建国に関連する記念日」にする例は極めて珍しい。

例えば、フランスは、1789年7月14日、バスチーユ牢獄襲撃・政治犯解放でフランス革命が始まった日が、イタリアは、1946年6月2日、国民投票により王制に代って共和制を政体とする事を決定した日がこれにあたる。

ドイツは、1990年10月3日、ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国が再統一した日が「ドイツ統一の日」として制定されている。ロシアでは、1991年6月12日、ソ連からの独立を宣言した日が、「主権宣言記念日」として「建国記念日」並みの扱いである。(現在のロシアという国がそんなにも「新しい国」であった事を知るのは新鮮な驚きだ。)

オランダの場合は、1581年7月26日「ユトレヒト同盟参加の北部7州による連邦議会でスペイン王フェリペ2世の統治権を否認する布告を出した日」を記念日にしているが、「正式な建国日(国家が成立した日)は不明」とされているし、ギリシャに至っては、1940年10月28日、第二次世界大戦への参戦を決めた「参戦記念日」が「建国記念日」並みに祝われている。

英国(正式国名は大ブリテン島及びアリルランド北部の連合王国)の場合は、そもそも「建国記念日」に準じるような記念日が一切ないので、これもまた新鮮な驚きと言える。だからと言って、英国の事を「歴史のない国」だとか「愛国心のない国」だという人は、世界中に一人もいないだろう。

(因みに、英国には憲法も存在しないが、だからと言って、「英国には民主主義や基本的人権が確立されていない」とか「憲法による制約を受ける事のない英国政府はやりたい放題がやれる」とか言う人はいない。)

目をアジアに転ずると、タイは、1932年6月24日、絶対王政から立憲政治に移行した日を「タイ民主(立憲)革命の記念日」としており、インドネシアは、1945年8月17日、「日本の敗戦によって統治権が旧宗主国のオランダに返還されるのを阻止する為に独立を宣言した日」が「建国記念日」とされている。

中華民国(台湾)は、1911年10月10日に発生した孫文の「武昌起義」を記念した日を「双十節」と呼んで「建国記念日」の様に祝っている。

韓国については、色々と複雑な背景があるので、別の機会に語りたい。

建国を記念する日を祝祭日とする意義

国民の祝祭日である限りは、小中学校においては、先生が生徒達に対して、当然何等かの説明をしていると思われるが、私はその実態を知らない。2月11日(旧暦の1月1日)という日が「神武天皇が即位したと伝えられている日」であるという説明も、当然なされていると思われるが、それでは「天皇とは何か」という事も話されているのだろうか? そもそも、現在の小中学生は、「天皇」という存在をどのように理解しているのだろうか?

日本の若い世代の「日本の歴史」についての知識と興味は、テレビやゲームでお馴染みの「織田信長」や「真田幸村」といった戦国武将に集中し、「国」というものが形成された「古代」や、それが明治維新によって近代国家に生まれ変わり、更に、敗戦によって民主主義国家に生まれ変わった「近代・現代」の歴史は、殆ど理解されていないと思う。

折角「建国記念の日」を祝祭日にしたのであれば、その前後には、日本の「古代史」を集中して学び、それに関連する形で「国」や「天皇」の成り立ちについての理解を深める議論を広げる様、真面目に取り組むべきではないかと思う。こうなると、左右の両翼が例によって口汚く罵り合う様な事態が頻発するのも避けられないかもしれないが、何時もながらの「臭いものに蓋」で、国民を思考停止に追いやるよりはマシではないかと思う。

松本 徹三