政見放送は国政選挙と都道府県知事選において候補者の政見をテレビやラジオ等で無料放送できるシステムです。
政見放送は公職選挙法第150条で「録音し若しくは録画した政見又は候補者届出政党が録音し若しくは録画した政見をそのまま放送しなければならない」と放送内容を編集することを禁じています。
このことから奇妙な格好をしたり、対立候補に腹を切るべきと言ったり、政府転覆を訴えることも許されています。しかし、政見放送の歴史の中では政見放送を放送局が編集、削除した事件がありました。今回はこの「政見放送削除事件」を紹介します。
事件の概要
今回の主役である東郷健氏は1970-90年代に国政選挙などの各種選挙に立候補し、同性愛者であることから同性愛問題を中心に障害者問題などを過激な方法で訴えた人物です。東郷健は選挙公報や政見放送で世間一般では卑猥とされている言葉を使っていましたが、政見放送で問題になったのはこのような卑猥な言葉ではありません。
事件は1983年の参議院選の時に起きました。東郷健氏は政見放送で障害者のコンサートを開催した時に「めかんち、ちんばの切符なんか誰も買うかいな」と言われた話をして障害者差別の解消を訴えました。NHKはこの部分を問題視し、選挙を管轄していた自治省に削除の是非を確認したところ、削除して差し支えないという回答を受けたため、この部分を削除して放送しました。そして、東郷健氏はこの削除は公職選挙法違反であるとして裁判を行いました。これが「政見放送削除事件」です。
興味深いことにこの政見放送では「めかんちやちんばのある身障者とかそういう差別されている人たちと手をつなぎたい」という発言があったものの、こちらは削除されていません。これは「めかんち」「ちんば」といった差別的な言葉自体が問題になったわけではなく、聞き手に侮蔑感を与えるか否かで判断していたことが推測されます。
最高裁までもつれ込んだ裁判
前述したように政見放送は公職選挙法で「そのまま放送しなければならない」と規定されおり、NHKがこの表現は問題があると判断しただけで削除できるようなものではありません。NHKが削除を正当とした法的根拠はいくつかありましたが、主な主張は公職選挙法150条の2の「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない」という点でした。一審では人の言葉を引用したもので差別の意図はないということや150条の2は候補者の自覚を促すもので編集を認めたものではないということから勝訴したものの、高裁と最高裁ではNHKの主張が認められ、最終的に東郷健氏は敗訴したのです。
政見放送では何をやってはいけないか
判決の根拠として、差別用語の使用は他人の名誉を傷つけるため公職選挙法150条の2に違反するとしています。また、裁判中に「虚偽」「クーデターの呼びかけといった暴力的な政府の破壊」「猥褻」といった内容の放送が電波法で禁じられているという点が出てきましたが、放送局は政見放送の内容に責任を持つ必要がなく、電波法を根拠に政見放送を編集することはできないとされています。
このことから政見放送でやってはいけないことがおぼろげながら見えてきます。
他人の引用であっても、当事者に対して差別用語を使用した侮蔑的な発言です。これは裁判中では議論にはならなかったものの、「めかんちやちんばのある身障者とかそういう差別されている人たちと手をつなぎたい」という発言が削除されなかったことからも推測されます。このほか、商品宣伝や他候補への名誉を傷つけることも削除の対象になる可能性があります。
また、電波法を根拠に政見放送の削除をすることはできないとはされていますが、全裸で政見放送に出た場合、公職選挙法150条の2の「善良な風俗を害し」に該当する可能性が極めて高いため、これも行ってはいけないことが推測されます(猥褻な言葉の使用自体は前述したように東郷健氏が行っているため、セーフであると思われます)。一方で「虚偽」と「クーデターの呼びかけ」に関しては公職選挙法150条の2に該当しない可能性もあり、削除されない可能性があります(ただし、選挙での虚偽は公職選挙法違反であるなど、放送後に罪に問われる可能性があります)。
しかし、この事件は法曹界で様々な議論を引き起こし、政見放送のカットは一切認められないとする見解もかなりあります。また、公職選挙法150条の2の基準が明確になっていないことやこのような事件がこの1例しかなく、政見放送で何をやってはいけないかという点は実は非常にあいまいなものになっており、裁判等による判断を仰ぐ必要がかなりあるという点を留意する必要があります。
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参議院選挙には立候補できる年齢。個性あふれる候補者が多数出た1999年の東京都知事選に衝撃を受けてインディーズ候補(いわゆる泡沫候補)にはまる。インディーズ候補以外にもちょっと 変わった選挙・政治ネタに興味あり。
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編集部より:この記事は、選挙ドットコム 2016年2月21日の記事を転載させていただきました(タイトル改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は選挙ドットコムをご覧ください。