個人向け社債は買いなのか --- 久保田 博幸

24日の日経新聞によると、22日に社債の利回りが初めてマイナスを付けたようである。日銀が22日に実施した社債の買入において、平均落札利回りがマイナス0.031%と初めてマイナスとなった。これを受けて市場でも初めてマイナス金利での出合いがあり、ファーストリテイリングやJR東日本の社債がマイナスで取引された。

通常であれば投資家はマイナス金利の債券を購入して運用することはしない(絶対しないわけではなく、しかたなくせざるを得ないケースはある模様)。国債も同様ながらマイナス金利となった背景には、オペでさらなるマイナスで日銀が購入することが見込まれることや、一部外銀などがマイナス金利でも円資金を運用できるためである。

そして「個人向けに高利回り債」として三菱UFJフィナンシャル・グループが個人投資家向けに劣後債を1000億円発行するそうである。10年満期ながら5年目以降に銀行が期限前償還できる条項が付いた10年債である。利率は2月26日に決定されるが0.1~0.5%となる見込みのようである。

劣後債とは、劣後特約のついた社債のことである。劣後特約とは社債に付けられた特約条項のことである。その特約条項の内容は通常、劣後債を発行した企業が倒産した場合、劣後特約のついた社債の返済は一般債権者への支払いが全て完了した後に行うという内容となっている。デフォルト時の元利金の支払い順位が一般債務よりも低くなっており、もし発行した企業が経営破たんした場合には、株式と同じく紙切れ同然になるリスクがある。劣後債のリスクは、一般に普通社債と株式の間くらいとの認識のようであるが、その分、普通社債よりも利率は高く設定されている債券である。

劣後債の発行体をみると、金融機関が非常に多い。金融機関は法律で一定以上の自己資本比率の維持を義務付けられている。劣後債は、会計上は負債に分類されるものの、銀行経営の健全性を維持するための国際ルールであるBIS規制では、自己資本の補完的項目(Tier2)への算入が一定限度まで認められている。このため、株主の権利を希薄化させずに、金融機関は自己資本を高められるというメリットがあるため、金融機関は劣後債を発行している。以前は、劣後債の大半は機関投資家向けとなっていたが、リーマン・ショック以降は一時、機関投資家向けの社債の発行ができなくなるなどしたことで、個人向け劣後債の発行も多くなった。個人投資家にしても、金融市場の混乱と円高進行などから、円建てでより安全とみられる商品へのニーズが強まったことで人気化した。

金融機関の発行する劣後債には、今回のものを含めて、満期前に繰上償還される「期限前償還(コーラブル)条項」が付いているものが比較的多い。劣後債の期限前償還条項とは、発行体が債券の繰上償還をするかどうかは決めることができるもので、いつ償還となるか事前には確定していない。しかし、劣後債を自己資本とみなすルールには、劣後債の償還まであと5年以上残っていなければならない、というルールが存在する。残存期間が5年を切ると年率20%で累積的に減価しなければならないのである。このため、実際には残存5年のタイミングで繰上償還となるケースが「大半」となっている。劣後債は、BIS規制において自己資本に算入可能であるため、金融機関には残存5年のタイミングで繰上償還し、再度劣後調達を行うインセンティブが働くのである。

ただし、絶対にコールがかかるというわけではない。これまで大手金融機関が発行した劣後債で、繰上償還が見送られた事例は少ない。しかし、発行体の財務内容が大幅に悪化し繰上償還するだけの余裕がなかったり、金利の上昇などにより再調達コストが大幅に上昇した場合などでは、期限前償還が見送られる可能性があることにも留意する必要がある。

個人投資家にとって劣後債を買い付ける際には、上記の劣後債そのものの性質とともに、買付金額の大きさや途中売却の難しさも意識する必要がある。

金融機関の発行する劣後債の最低単位は通常の個人向け債券よりも大きくなっている。劣後債は売りたい時に必ず売れるとは限らず、その流動性の低さに注意が必要である。個人向け国債は途中売却の際には財務省が買い取るが、劣後債は発行する銀行側が買い戻す義務はない。ただし、発行した証券会社が買い取ることは考えられるが、流動性がない分、購入価格よりも安い値段で買い取ることも考えられるため、できる限り途中売却は避け、基本的には購入したら償還まで持ちきることを前提に購入する必要がある。

そして本来であれば上記の条件が付いているため、金利は比較的高く設定される。今回も預金金利の0.001%などに比べれば高そうに見えるが、ある程度のリスクもありながら0.1~0.5%しかない実質5年債の社債を購入すべきかについては私は疑問である。

現在の金利は日銀により作為的に作られたマイナス金利であり、その反動なども意識して資金は待機すべきものと思われる。無理にリスクは取るべきではない。その意味では最低金利の0.05%が保証されている個人向け国債(お薦めは10年変動タイプ)や、いまのところはマイナス金利ではない預貯金に資金を置いておく方がベターであると考える。


久保田博幸(くぼた ひろゆき)
1958年、神奈川県生まれ。慶応義塾大学法学部卒。
証券会社の債券部で14年間、国債を中心とする債券ディーリング業務に従事する傍ら、1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。専門は日本の債券市場の分析。特に日本国債の動向や日銀の金融政策について詳しい。現在、金融アナリストとしてQUICKなどにコラムを配信している。また、「牛さん熊さんの本日の債券」というメルマガを配信中。2015年まぐまぐ大賞で資産運用部門第2位を受賞。日本アナリスト協会検定会員。

主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓」すばる舎、「短期金融市場の基本がよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

「債券ディーリングルーム」http://fp.st23.arena.ne.jp/
「牛さん熊さんブログ」 http://bullbear.exblog.jp/

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年2月25日の記事を転載させていただきました。転載を快諾くだいました久保田氏に心より御礼いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。