日本はなぜ大慶油田を発見できなかったのか

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実は正確な書名は「日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか(著者岩瀬昇)」
これは書評ではなく、この本を参考に日頃考えていることをまとめてみた。

アメリカが昭和16年夏に石油を全面禁輸したことが日本を対米戦に駆り立てた決定的要因であったことはよく知られている。昭和天皇独白録でもこのことに触れている。
だがアメリカの石油禁輸と日本の対米開戦決断の関係については誤解している人が多い。日本はアメリカが石油を全面禁輸したのに逆上して開戦決意したわけではないし、テキサスの油田を取るために開戦決意したわけでもない。

戦前日本の石油自給率は低く産地は僅かに新潟と北樺太(ソ連領であったが日本は石油採掘利権をもっていた)だけであったし、比較的近い石油産地と言えば蘭印(インドネシア)しかなかった。しかも宗主国オランダは前年5月ドイツに占領されたので蘭印は半分空き家というのが日本の認識であった。
そもそも日本が前年9月三国同盟を締結したのは、東南アジア植民地の宗主国フランス、オランダは既にドイツ占領下にあり、いずれイギリスもドイツに降伏するであろう。そうなればこの三国が支配する東南アジアは所有者がいなくなる。無主の地であれば誰が獲ってもいいようなものだが、「この三国(この時点でイギリス降伏は可能性でしかない)を屈服させたドイツの了解を得ずに獲るのはまずいので、ドイツに東南アジアは日本の縄張りだと認めさせたい」、これが日本が三国同盟を締結した動機の一つであった。当時流行った「バスに乗り遅れるな」は、ドイツの勝利に便乗しようという意味であった。
「白人支配から東アジアを開放し大東亜共栄圏を確立する」のは後からつけた名分に過ぎない。

半分無主とは言っても日本が東南アジアを取りに行くのをアメリカが座視するわけがない。現にフランスの降伏によって無主となった南部仏印(ベトナム)進駐に対してさえ石油全面禁輸、在米日本資産凍結によって報いたではないか。
対米戦が避けられないものならこっちから仕掛けようというわけで石油禁輸と日本の開戦決意との関係はやや迂遠であった。この点ドイツがソ連を攻撃したのが資源欲しさという極めて直截な動機から発したのとは事情を異にする。

従ってもし傀儡国家満洲国と植民地を含む日本のテリトリー内で石油があったなら東南アジアを侵略する必要はなかったし、対米戦争もしなくても済んだという仮説があり得る。この本執筆の動機はそうした問題意識であったと私は理解した。
書名と中身が違うのは珍しくないが、この本も全7章の中満洲国を扱っているのは第3章「満洲に石油はあるか」だけ。

共産中国成立後旧満洲国地域だけでも大慶、遼河2つの大油田が発見された。戦前陸軍が主導して満洲国で石油探査が行われたが、軍事機密であるとの理由から外国の優れた技術も技術者にも頼らなかったために失敗に終わった。これなども満洲国の実質的支配者が関東軍であったために起こったことだ。
それにつけても日露戦争直後、満鉄の日米共同経営案が、外相小村寿太郎の反対でポシャったのは惜しまれる。満鉄が日米共同経営であれば当然同地の開発も日米共同で行われることになり世界最先端のアメリカの石油探査技術によって上記2つの油田も発見されたであろう。

ただ私の問題意識はそうした歴史的イフよりも、帝国国防方針でアメリカを仮想敵国としながら、対米石油依存度を高めたこと(開戦直前にはおよそ8割)に帝国海軍首脳は葛藤を感じなかったかどうか、アメリカを仮想敵国としながら艦船と航空機燃料の対米依存度を高めることにディレンマを感じた帝国海軍軍人はいなかったのか又そうした議論が海軍内で戦わされなかったのかということだが、この疑問に本書は一切応えてくれないので自分でそうした資料を探すしかなさそうだ。

日本海軍も世界の潮流に従い第一次大戦前後燃料の石炭から石油への転換を急速に進める過程で当時世界最大の産油国アメリカへの依存を強める。
各国海軍が当時石炭から石油へ燃料の転換を図った理由はいくつか挙げられる。補給特に洋上補給が容易、燃料効率がよい、高速性能、煙が少なく敵から見つかりにくいといった点で軍艦にあっては商船と違って石炭に対する石油の優位性は際立っている。

戦前「満蒙は日本の生命線」のスローガンが陸軍の愚昧さを象徴するとすれば、海軍の愚昧さを象徴するのが「ロンドン軍縮条約は統帥権干犯」。ワシントンの主力艦軍縮条約による対米6割制限はOKだが、同7割に近い補助艦の制限がなぜ統帥権の干犯か?
「補助艦対米7割が確保できなければ国防に責任がもてない」という海軍軍令部の言い分はちゃんちゃらおかしい。対米7割だろうが10割だろうが軍艦の燃料をアメリカに依存する限り同国と戦争できるはずがないではないか。軍令部の軍人は、陸軍参謀本部の軍人同様作戦のことしか眼中になく視野狭窄症に陥っていた。官僚組織特有のセクショナリズムの弊害と言ってもいい。
というわけでアメリカが石油禁輸したことで日本の対米開戦を正当化しようとするウヨクの主張には同意しかねる。

青木 亮

英語中国語翻訳者