新聞界の分断を進める安倍政権の強気 --- 中村 仁

アゴラ

世論の合意形成にマイナス


今朝の新聞を開きましたら、「またやりましたね」でした。安倍首相の動静(7日)を伝えるコーナーに「(産経新聞社の)正論大賞贈呈式に出席」とありました。新聞社のこの種の授賞式に首相がでることはまずありません。朝日の大仏次郎賞・論壇賞の式にはでたことはないでしょう。

正論大賞は超保守、右翼寄りの学者、文筆家で、産経路線に乗っている人が対象になります。今回は外国人が初めて受賞し、安倍首相は式で祝辞も述べました。安倍路線と産経路線の相性がよほどいいのでしょう。この外国人はジェームズ・アワー氏で、レーガン政権のころ、国防総省の日本部長を務め、現在でも産経にコラムを書き、有事法制論議に影響を与えているとか。

「おやっ」と思ったのは、2007年に首相の座を降りた際、アワーさんがチャーチルの伝記「Never D espair」(決してあきらめない)を自宅に持参し、こういいました。「この本は読まなくてもいい。表題だけずっと見つめていてほしい」。安倍首相はその通りにしていたら、政権に復帰できたという思いなのでしょう。そこで挨拶を引き受けたのでしょうか。

恩人の授賞者を首相も推したか


私の想像では、首相が「恩人」のアワー氏を正論大賞の候補者に推したのでしょう。ありそうな話です。両者の近さからすると、産経側が断る理由はありません。思想、信条が共通する首相を産経は支えているつもりなのでしょうね。

産経の話はこのくらいにして、次は読売新聞です。これも今朝に新聞を見て、驚きました。会員制の国際経済懇話会に、黒田日銀総裁が招かれ、マイナス金利政策ついて講演しました。驚きというのは、破格の大扱いをして、講演内容をこれでもか、これでもかと紹介したからです。

まず1面左肩に「マイナス金利で株高・円安に。日銀総裁が効果を強調」の3段見出しの本記です。ついで3面の特集面全部を使い「総裁、自ら疑問払拭」、「金融緩和、次第に効果」など、講演内容をほぼ全面的に、事細かに肯定する解説記事です。

日銀総裁の講演記事で破格の扱い


これだけでは終わりません。経済面の4分の3近くを使って、「総裁、デフレ脱却へ自信」、「世界経済は危機ではない」の関連記事と講演内容の要旨の紹介です。ほとんど1面、3面の記事とだぶっています。マイナス金利を決めた時にスペースを割くような紙面構成です。

一体、何があったのでしょうか。読売の意図は、マイナス金利政策の全面的な支持にありましょう。アベノミクスの成否は黒田総裁の並みはずれた異次元緩和政策にかかっています。実際の効果は今ひとつで、副作用が大きい、後始末が大変、との批判が聞かれます。そこで紙面を使って安倍政権と黒田総裁を支援することにしたのでしょう。

「こんな大量に国債を買い込んだら、将来、中央銀行の信用を痛めかねない」、「財政に続き、中央銀行も危機に落ち込んだら打つ手がもうなくなる」、「マイナス金利は株高、円安誘導を狙っている。円安には為替切り下げ競争という批判が海外から起きている」、などなど。

応援団記事より冷静な経済分析を


黒田流の緩和政策は、論評すべき多くの問題点をはらんでいます。講演会の紹介に巨大なスペースを割くなら、鋭い解説を載せるできでしょうね。それがほとんどありませんでした。安倍政権と黒田総裁を盛り立てたい、という政治的な意図を経済的分析より優先させたのでしょう。

安倍政権による新聞界の分断が進み、除け者扱いにされている朝日、毎日は何を思っているでしょうか。何かつけ、政権批判を繰り返すでしょう。特に憲法改正では、首相自ら「国民的な合意」を口にしています。歴代首相もここまではやらなかった新聞界の分断作戦が、国民的な合意形成の妨げにならないか心配ですね。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年3月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。