映画「消えた声が、その名を呼ぶ」 --- 池内 恵

▲「消えた声が、その名を呼ぶ」Facebookより


 

ロンドンからの帰りのANA便の上で、これを観た。ちょうどオスマン帝国の崩壊についての本を読みながら帰るところだったもので。

アルメニア人について少しでも知っていると非常に興味深く見られる内容。知らないと全てが唐突な悪夢のように見えるかもしれないが。

場所は、前半は、現在のトルコ南東部からシリア北部にかけて。後半はアルメニア人の離散を扱っている。

これは今まさにシリア内戦やクルド人問題で、徴兵されて帰らなかったり、家を失ったり、占領されて奴隷化されたり、難民が右往左往したりしている付近でもあるので、現在の問題と重ね合わせて観てしまう映画だ。

マルディン(トルコ南東部)→ラアス・アル・アイン→アレッポ→レバノン・・・といった場所を巡る映画を日本の航空会社のフライトで観ることができるのは予想外だった。

私は普通は飛行機の中で映画は見ないのだけれども、今回は珍しく掘り出し物でした。日本の航空会社のワールド・シネマのセレクションは数も少ないし、あまり当てにしていないのだが。

ただし、この映画は中東のエアラインだと生々しすぎるんじゃないか。飛んでいる真下で今も現実に同じようなことが行われていたりするので。監督はトルコ系だがドイツ生まれ・育ちなので、西欧の見方、あるいはエンターテインメントの世界で有力なアルメジア人の見方に近すぎるという、トルコの民族主義の観点からの反発もありそう。日本の航空会社だからあまりよくわからずにのっけてしまったのか。

なお、機内で楽しく観る映画ではありませんのでご注意。ウキウキ、キャッキャッと旅行に出る途中の方などにはお勧めしません。かなりはげしくどんよりした気分になれます。私は仕事だからしょっちゅう止めたりしながら熱心に見ましたが。

前半は『シンドラーのリスト』なんかよりも怖いし気持ち悪い。第一次大戦中のアルメニア人のdeath marchとか収容所の白黒写真を映像化していますので、かなりきついです。


池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授


編集部より:この記事は、池内恵氏のFacebook投稿 2016年3月13日の記事を転載させていただきました。転載を快諾された池内氏に御礼申し上げます。