安保法施行。国民の意見はどの世論調査を信じるべきか

集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法が29日の午前零時に施行されました。施行直前には同法に反対する抗議集会が国会前で行われましたが、反対派が主張する「廃案に追い込むべきだ」という声が国民全体に広がっていないのも事実です。数字にばらつきがある各マスコミの世論調査から、国民の「本音」を読み解いてみました。

バラバラの調査結果

日本経済新聞が29日付朝刊に掲載した世論調査によると、安保関連法を「廃止すべきではない」との回答は43%で、「廃止すべきだ」の35%を上回りました。(調査期間は今月25日から27日)。性別別にみると、男性は「廃止すべきではない」が52%で「廃止すべきだ」の36%を大きく上回った一方、女性は「廃止すべきではない」が35%、「廃止すべきだ」が34%で拮抗したとしています。

共同通信が2月20日、21日に行った調査も似たような数字。「廃止するべきではない」が47%で、「廃止するべきだ」の38%を上回りました。

一方、安保関連法に賛成の立場をとっている産経新聞は、今月19日、20日に実施した世論調査で「2016年3月に施行される、集団的自衛権を限定的に容認し、自衛隊の役割を拡大する安全保障関連法は、日本の安全保障にとって、必要だと思いますか、思いませんか」と聞いたところ、「必要」が57%、「必要だと思わない」が35%だったとしています。

逆に安保関連法に否定的な毎日新聞は今月5日、6日の調査で「集団的自衛権の行使など、自衛隊の海外での活動を広げる安全保障関連法が3月末に施行されます。安全保障関連法の制定を評価しますか」と聞いたところ、「評価しない」は49%で、「評価する」の37%を上回ったとしています。

同じく安保関連法を厳しく批判している朝日新聞は直近の世論調査で同様の質問をしていませんが、昨年9月の安保関連法成立直後に行った緊急世論調査では、「賛成」が30%、「反対」が51%だったとしています。

結果に違いが出る理由

こうしてみると、同じ設問に対して各紙でバラバラの結果が出たように見えますが、よく見ると設問に微妙な違いがあることが分かります。日経と共同が聞いているのは、すでに成立し、間もなく施行される法律を「廃止すべきかどうか」。産経が聞いているのは法律が「必要かどうか」。毎日が聞いているのは法律を「評価するかどうか」です。

すでに成立し、間もなく施行される法律を「廃止」するというのは大変なこと。少なくとも衆参両院で与党が多数を占める現状で、法律を廃止することは事実上できません。政府・自民党の支持率が高止まりする中、野党が衆参の選挙でともに過半数を獲得し、法律を廃止するというのも現実的ではありません。

この設問が仮に「廃止」ではなく「修正」であれば、「修正すべきだ」という回答が過半数を占めていたかもしれません。「現行の法律のままでいい」「修正すべき」「廃止すべき」という3つの選択肢を用意していれば、より丁寧に国民の意見を聞くことができたでしょう。

一方で、産経の「必要かどうか」というのも曖昧な質問です。そもそも「関連法」とひとくくりに紹介されますが、実際に国会で審議されたのは新たにつくる「国際平和支援法案」と自衛隊法改正案など10の法律の改正案を一つにまとめた「平和安全法制整備法案」の2本。集団的自衛権の行使容認だけでなく、盛りだくさんの内容が含まれています。

質問では集団的自衛権と自衛隊の海外での活動の拡大をピックアップして「日本の安全保障にとって必要かどうか」を聞いていますが、「必要」と答えた人の中にも法律すべてにもろ手を挙げて賛成ではない人もいるでしょう。必要かどうかという質問には、肯定派を増やしたいという意図が見え隠れしています。

毎日の質問は法律の中身ではなく、法律を制定した立法府の評価を聞いているところがミソです。安保関連法の国会審議では「成立を急ぐ政府・与党」と、「有効な質問をできない野党」の双方に批判が集まりました。こうした立法府への評価を聞けば、否定派が多数となるのは目に見えています。否定派を増やしたい毎日ならではの質問とも言えます。

多数派の声とは

調査全体を俯瞰してみると「国際安全保障に関する日本の貢献を増やすという法律の趣旨には賛成だが、法律の細かい条項には賛成しかねる部分がある」というのが国民の多数派ではないでしょうか。「法律すべてに賛成」という人や「廃止すべき」という人も一定数いるとは思いますが、国民全体の中では少数派と思われます。

大手メディアが嘘をつくことはほとんどありませんが、事実の「見た目」を少し変えてしまうことはよくあります。記事やニュースを見ていて少しでも疑問を感じたら、他のメディアがどう報じているか、チェックしてみることをおススメします。

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山本洋一

元日本経済新聞記者 1978年名古屋市出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。政治部、経済部の記者として首相官邸や自民党、外務省、日銀、金融機関などを取材した。2012年に退職し、衆議院議員公設秘書を経て会社役員。地方議会ニュース解説委員なども務める。

Webサイト : http://ameblo.jp/yzyoichi/


編集部より:この記事は、選挙ドットコム 2016年3月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は選挙ドットコムをご覧ください。