米大統領選の共和党予備選はトランプ氏の独走態勢が目立ってきた。民意を煽ってここまで来たトランプの具体的政策は何もかもが週刊誌レベルで、核サミットを終えたオバマ大統領をして「外交政策も核政策も、朝鮮半島や世界の情勢がまったくわかっていない」と酷評するありさまなことは、読者のみなさまもご存知のとおりだ。
先週土曜日にも「NATOは陳腐だ。他の27加盟国はもっと費用負担をせよ。さもなければ抜けろ」と、劣勢が伝えられるウイスコンシン州予備選を前に煽っている。日本、韓国の核武装容認発言より影響が大きいだろう。欧州の戦略的重要性はアジア以上に大きいからだ。「アメリカが73%負担している」と発言しているが、現実は22%で、ドイツが15%、フランスが11%と続いている事実すら誤認している(FT “Trump brands NATO “obsolete” ahead of tough Wisconsin primary” April 3, 2016;6:12)。
シェールオイル・ガス生産の肝である「水圧破砕法」の使用について、民主党候補者争いをしているクリントン氏が「制限」、サンダース氏が「禁止」の姿勢を明らかにした、とのニュースを紹介した3月10日の弊ブログ「154.米シェール生産が阻害されたら?」を、「よもや、まさか、のトランプさんは、どんなご意見をお持ちなのだろうか?」と締めくくった。彼の政策らしい政策がまったくと言っていいほど報道されていないからだ。
昨夜、ようやく目にすることができた。FTの “Trump sparks worries for US oil industry”と題する記事だ(April3、2016; 1:55pm)。
記事の要点は、米国経済にとって重要な、エネルギー安定供給と環境政策について、ライバルのクルズ氏を石油産業から多額の寄付金を受け取っていると非難している他、ほとんど何も語っていない、業界にとってはこの2点に関する政府規制がどうなるかが非常に重要なのだが、という点にある。つまり、もしトランプ氏が大統領になったら、石油ガス業界にどのような規制を敷いてくるのか不安だ、というわけだ。
共和党は、基本的に産業寄り、なかんずく石油ガス業界に友好的な政策を踏襲してきている。トランプ氏のライバルであるクルズ氏は産油州テキサス州選出の上院議員であり、ケーシック氏は産油州オハイオ州知事だから、業界はさほど心配をしていない。だが、トランプ氏の政策はまったく読めないので心配だ、というわけである。
この記事が紹介しているトランプ氏のエネルギー政策関連の発言は数少ないが、ほぼ何の興味関心も持っていないと思われるものだ。
今年3月の討論会で、水圧破砕法の使用を禁止したニューヨーク州を批判しているが、わかって発言しているのかどうか、疑問だ。クルズ氏もケーシック氏も、水圧破砕の規制は連邦基準が相応しいとしているが、何もコメントしていないからだ。
ちなみに連邦は、国有地での水圧破砕は禁止だが、その他の地域では掘削時の坑井構造強化と使用化学物資の内容公開を求めているもので、業界としても容認しうる内容だ。
たとえば昨年11月の討論会で、ライバルのケーシック知事のことを「ジョン(ケーシック)は水圧破砕とかいうやつで当てたラッキーなやつだ。いい? 彼は水圧破砕で幸運を掴んだんだ(John got lucky with a thing called fracking. OK? He got lucky with fracking”)」、と発言しているとのことだ。
筆者は、英語はnativeにはほど遠いので確信はないが、frackingをf—ingにかけて、聴衆の関心を引いたんじゃないかな。
「よもや、まさかのトランプさん」は「やっぱり」だったのだ。
人のふり見て我がふり直せ、ということかな?
【編集部より訂正;4月6日22時】ケーシック氏は「オクラホマ州知事」ではなく、正しくは「オハイオ州知事」でした。
岩瀬 昇 エネルギーアナリスト
1948年埼玉県生まれ。東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、二度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクで延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発を退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」の代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』(共に「文春新書」)がある。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年4月4日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。