【映画評】ボーダーライン

エリートFBI捜査官のケイトは、巨悪化するメキシコ麻薬組織ソノラ・カルテルを撲滅するため、アメリカ国防総省特別部隊に選抜される。特別捜査官グレイヴァーに召集されたケイトは、謎のコロンビア人・アレハンドロとともに国境付近の捜査を開始。しかしその極秘任務は、仲間の動きさえ把握できず、人の命があまりにも簡単に奪われる、常軌を逸した任務だった。法が機能しない世界で正義を模索するケイトは、非情な現実とアレハンドロがこの作戦に参加した真の目的を知ることになる…。

メキシコの麻薬戦争の実態を圧倒的な臨場感で描くサスペンス・アクション「ボーダーライン」。メガホンを取るのが、秀作「灼熱の魂」や「プリズナーズ」で注目された鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督ということで、そのドライなタッチや、善悪や正義の概念を揺さぶる問題作であることは容易に想像できる。テーマは、麻薬カルテル撲滅のための最前線での戦いだ。ほとんど実録ものに近い本作の臨場感や緊張感は、ただごとではない。ヒロインのケイトは、正義感が強いモラリスト。そんな彼女は、メキシコ麻薬カルテルとアメリカ合衆国DHS(国土安全保障省)との壮絶な戦いの中、善悪の境界(ボーダーライン)の喪失と、あまりに深い闇を知ることになる。

腐敗しきった暴力の世界では、悪は悪をもって征するしかないのか。寡黙で謎めいたコロンビア人・アレハンドロの本当に目的と、彼が背負った過去に、言葉を失う。演じるベニチオ・デル・トロの怪演に近い熱演に圧倒されるが、私たち観客は、FBI捜査官としての正義を、味方からも踏みにじられることになるケイトのとまどいと無力感に共鳴するはずだ。舞台となるメキシコの街フアレスは、みせしめの首なし死体が吊り下がり、常に銃声が鳴り響く、この世の地獄のような場所。そんな場所での命がけの戦いを描いているのに、映像は不思議なほど流麗だ。名カメラマンのロジャー・ディーキンスの手腕が冴えている。
【75点】
(原題「SICARIO」)
(アメリカ/ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、他)
(緊張感度:★★★★★)

この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。