近づく“関ヶ原の戦い”

松本 徹三

国会では毎日、お互いに「政治とカネ」の問題で足を引っ張り合う以外には、何ということもない議論で時間が流れていっている。そして、そのうちに7月が来る。

参議院選挙だけになるのか、衆参ダブル選挙になるのかさえもがまだ分かっていないが、衆議院の解散だけは首相の専決事項だから、これはどうしようもない。首相はその方が自分にとって有利だと思えばダブル選挙にするだろうし、そう思わなければやらないだけのことだ。

 

参院選の最大の論点はやはり安保問題になる

私は、恐らく首相はダブル選挙はやらないだろうと思っている。これから三ヶ月のうちに経済が劇的に良くなることは考えられないし、経済の状況が今のままか或いは更に悪化した様な状況下で、「衆院で議席が減るリスク」を敢えて取るという選択肢は、首相にはないと思うからだ。

経済問題では、現在の首相には突っ込まれそうな点はたくさんあるが、現在の彼の政策は多分に社会主義的だから、これに反対出来るのは、むしろ「市場原理主義的な考えを持つ人達(小さな政府を求める人達)」だけだ。現在の左派勢力では攻め様がないだろう。

それに、最大野党の民進党が国民に人気を博しそうな対案を作ろうとしても、現下の経済状態は「米国や中国の状況次第」で、元々あまり打つ手がない状況なのだから、どうにもならないだろう。しかも、困ったことに、尻に火がついているのは「年金制度などの社会保証政策」なのだから、これを常に手厚くしておきたい左派勢力では、攻めようとしても攻め様がない。

この様に、民進党としては、結局は「憲法違反の安保法制に断固反対する」とか「平和主義と民主主義を破壊する憲法改正に断固反対する」とかいう「昨年のデモで若干盛り上がった論点」を、埃を払ってまた持ち出す以外には、攻め口が見つけられそうにない。だから、恐らくは、これを参院選の最大の論点にせざるを得ないだろうし、そうなると、嫌でも「共産党や社民党との共闘路線」に突き進むしかないだろう。

しかし、そうなれば、首相としても、もうこれ以上は「改憲は大掛かりな議論を回避し、目立たぬ形でなし崩しに」という戦略を取り続けるわけにはいかず、腹を括って「今回の参院選で、改憲に必要な2/3を取りに行く」という「真っ向勝負」をするしかなくなる。こうして、7月の参院選は、嫌でも「天下分け目の関ヶ原の戦い」にならざるを得ない。これが現時点での私の見通しだ。

自民党としては、これで例え勝負に負けても、「国民の理解を得る為の十分な説明が出来ずに残念だった」とか何とか言って、取り敢えず諦めればいいだけの事だ。衆院で議席を減らさない限りは、政局には何等影響を与えないのだから、気楽なものだ。その一方で、もし2/3の壁を破って改憲に成功すれば、首相は歴史に名を残せる。

 

自民党の戦略策定は比較的容易

自民党の方は、一旦「真っ向勝負」の肚さえ決めてしまえば、戦い方は簡単明瞭になる。

先ず「安保法制成立の過程においては、十分な議論がなされなかったという批判を頂いており、これについては真摯に反省している」とあっさり頭をさげるべきだ。

次に「憲法違反ではないかというご指摘については、自分達はそうは考えていないが、司法の見解は割れるかもしれないし、あらためて司法判断を求めるとなれば、現在の自衛隊が合憲か違憲かという問題も避けて通れなくなるので、問題が大きくなる」と続ける。

そして、最後に、「何れにせよ、何時迄も解釈論で争っているのは健全ではないから、これ以上解釈論で言い争うことがない様に、この際、憲法の規定自体をもっと明確なものにするべきだ」と結論付ければよい。

「憲法は、国民により定められ、国民の為にあるべきものだ。終戦直後にアメリカの占領軍の手で起案されたものが、今なお国民の為にベストだと現在の国民が判断するなら、それを堅持すればよいし、そうでなければ、必要な改正を行えばよい。今こそ、あらためて、そのことを国民に問いたい」この簡単なメッセージだけで十分だ。

そして、そこから、「攻守ところを変えたのか」と見紛うばかりに、反攻に転じればよい。具体的に幾つかの危機的状況を例示し、「現在の憲法下ではこういう問題があるが、それでも護憲派は国民の生命と財産、自由と尊厳を守りきれると断言できるのか? こういうケースでは具体的にどういう対応をするのか?」と畳み掛ければよい。

トランプ氏のような人物がアメリカの大統領になる可能性も皆無ではなくなった現在、これに答える事は更に難しくなっているから、これを徹底的にやっていけば、「反対と言うばかりで、具体的な代案がない」という護憲派の弱みを、衆人環視の中で衝くことができる。

 

心配なのはむしろ野党の惨敗

私が現時点で最も心配しているのは、むしろ「野党が惨敗して、一握りの安部首相の側近がやりたい放題をやるようになる」事だ。特に「どさくさ紛れに改憲案に復古調の条項が色々と入ってくる」事を警戒している。これを防ぐにはどうすればよいか? これこそが重要な問題だ。

私自身は「改憲派」だが、それは「安保関係の条項はこのままではどうにもならない」という危機感を持っているからだ。安保関係以外の条項については、現在の自民党の改憲案には「何故変えなければならないのか」と思うところが多々あるし、護憲派の主張の幾つかについても、必ずしも反対ではない。

同じ様な考えを持っている人は結構いると思うから、誰かが「現在の自民党の改憲案とは別の改憲案」を用意してほしい。自民党内部の人がイニシアチブを取るのは難しいかもしれないが、日本維新の会あたりがやればよい。本当は民進党の中にもそういう代案が出せる人はいると思うのだが、現状では表立っては無理だろうから、水面下でやってくれればそれでよい。

私は、前項で、自民党に対し「今こそ真っ向勝負に踏み切るべし」とも受け取られる様な事を申し上げたが、それは「見解が鋭く対立している安保関係のところ」だけに限ってのことだ。基本的人権に関する様なところについては、中道左派の人達の懸念についても十分配慮し、反対者の数を少しでも減らすようにするべきだ。

民進党は、今となってはもう仕方がないから、先の「反安保法制闘争」と同じパターンでやればよい。共産党にとっては、「どうせ当選する筈はない」と思われる候補者を取り下げても、失うものは殆どないのだから、民進党に若干の恩を売るぐらいの事は、この際「一方的な好意」としてやっても、別に罰は当たらないだろう。民進党はこれで少しは助かる。

民進党は惨敗しても別に構わないが、なお党内に残っている「現実的な考え方のできる有能な人達」には是非生き残っていてほしい。この人達には「将来の(期近はもう諦めた)健全野党の核」となって貰える可能性があるからだ。