平壌の亡命対策と脱北者の“心痛”

長谷川 良

中国の北朝鮮直営レストランで働いていた13人の北従業員が今月7日、集団で離脱し、韓国入りしたことが明らかになった。脱北者は、「国際社会の制裁でレストラン経営が難しくなる一方、平壌への上納金要求は変わらないから、レストラン関係者は絶望的となった」と証言する一方、平壌からスパイ活動を強制されたこともあったと暴露している。なお、韓国メディアによれば、北朝鮮人民軍偵察総局大佐が昨年脱北していた事実が確認されたという(「ウエーターが工作員に変身する時」2016年3月10日参考)。


▲UNIDO総会に出席した北朝鮮使節団(中央が金光燮大使)=2015年11月30日、ウィーン撮影

当方は欧州で北朝鮮動向を取材してきたが、北外交官が亡命を考えている、と直感したことが数回ある。実際、その確認の為に密かに取材もした。その取材内容は後日、「キムさんの亡命意思を確認せよ!」というタイトルのルポ記事を月刊誌「知識」(1992年3月号)に掲載した。

取材の直接契機は西側外交筋から、「北外交官が帰国を拒み、国際機関に就職先を密かに探している」という情報を入手したからだ。北外交官の動きを追った。外交官の子供が通っていたウィーンの学校関係者から、「校長宛てに退学届けが出ている」という情報を得たことから、同外交官の亡命意思が真剣だと判断した。それから、取材を一層慎重に進めていった。北側に感知されれば、北外交官家族が危険にさらされるからだ。

脱北を願う外交官の動向を追うのは至難だ。当事者は絶対に口を割らないし、亡命と受け取られるような行動をとらないからだ。彼らが一番警戒するのは、北大使館内に派遣されている治安関係者だ。治安関係者は外交官の動向に不審が見られたら、平壌に即連絡する。大使もその治安担当外交官の監視対象に入っている。落ち度などがあった場合、その内容が平壌に通達され、解任されるだけではなく、生命の危険性も排除できなくなる。他の外交官は誰が治安関係出身者かを薄々知っているから、その関係者の前では言動を抑制する。

平壌の「大聖銀行」から出向した若い銀行マンが投資の結果、大きな損失を出した。北から2人の財政専門家がウィーン入りして、その銀行マンを尋問。直後、同銀行マン夫妻は高麗航空で平壌に強制的に帰国させられた。亡命する危険性があると判断されたわけだ。同銀行マンとビジネスをしていたオーストリア人実業家は、「銀行マンの夫人が帰国する前、私に『帰国するのが怖い』と述べていた」と証言している。

北側の亡命対策で一番効果的なのは親族関係者を少なくとも1人は平壌に留めさせることだ。在オーストリアの金光燮大使(Kwang Sop KIM)も敬淑夫人(故金日成主席の2番目の妻、金聖愛夫人との間の娘)と1人の息子を平壌に残している。だから、亡命は考えられない。

金大使はウィーン赴任後、公用以外でも必ず運転手が付いた。1人で車を運転することはなかった。5、6年が経過した頃から、金大使が1人でベンツを運転している姿を目撃した。金大使は北当局から亡命の意思はないという認知を受けたのだろう。大使はその後、1人でベンツを運転している。北外交官は通常、1人で車を運転することは少なく、常に助手席には誰かが座る。亡命対策の一つだ。

北側の亡命対策を潜り抜けて脱北した北外交官は多くの犠牲を払っている。人質として平壌に留まっている家族を犠牲にせざるを得ないからだ。黄長燁元朝鮮労働党書記が1997年、韓国に亡命したことがあったが、同書記は韓国で亡命生活中も北に残してきた夫人や家族関係者の動向に心を痛めていたという。

家族全員が海外に赴任するケースは非常に稀だ。家族の誰かが北に留まるのが通常だ。脱北者を出した大使館やその上司は当局から厳しい制裁を受け、責任者は再教育キャンプに送られることがある。

ちなみに、海外の北大使館では通常、毎土曜日に外交官のほか、学生やビジネスマンたちを集めて主体思想学習会が開かれる。そこで平壌からの通達や思想チェックを受ける。金正恩氏が政権に就いて以来、中国との国境地帯の監視は強化され、一般国民の脱北者は減少したといわれている。しかし、国際社会の制裁下で北の国民の生活は更に厳しくなっている。北高官、外交官ばかりか、一般の国民も今後、脱北を試みるケースが増えてくるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。