米最高裁 グーグル書籍検索サービスのフェアユース容認(中)

書籍検索サービスも含めて検索エンジンは検索用のデータベースを作成するためにウェブページを複製する。ホームページを著作権者の許諾なしに全文複製することは著作権侵害のおそれがあるが、全文複製しないとデータベース作成に支障をきたし、検索サービスが成立しなくなるおそれがある。

フェアユース規定のある米国では、自分のウェブサイトを検索されたくない場合には、その旨を意思表示すれば、検索を技術的に回避する手段を用意する「オプトアウト(原則自由)方式」を採用して、全文を複製した。案の定、権利者から著作権侵害訴訟が提起されたが、グーグルに対する2件の訴訟を含む2000年代前半の3件の訴訟で、いずれもフェアユースが認められた。

検索エンジンの技術は1994年に日米同時に開発されたが、フェアユース規定のないわが国では、著作権侵害の恐れを回避するため、事前にウェブサイトの了解を取る「オプトイン(原則許諾)方式」を採用した。検索サービスは情報の網羅性、包括性が命だが、オプトインしたサイトしか検索対象にしないサービスではNot found の検索結果ばかり返ってきてしまう。

オプトアウトしないかぎり検索対象にするサービスとの差は決定的で、日本も2009年の法改正で個別権利制限規定を追加し、検索エンジンを合法化したが、時すでに遅く、日本の著作権法の適用を逃れるため米国内にサーバーを置き、日本にサービスを提供した米国勢に日本市場まで制圧されてしまった。

「読み」「書き」そして「検索」の時代に失われた15年は、あまりにも大きかった。勝者総取り(Winners take all)のネットビジネスの世界で、15年の遅れが致命的だったことを立証する実例は二つある。

第1に2009年の検索エンジン合法化後もヤフー、グーグルの二強が依然として90%のシェアを占め、国産検索エンジンのシェアは数%にとどまっている(表1参照)

表1 検索エンジンシェアの推移

1997 2001 2008 2009 2012
Yahoo! JAPAN 74.0% 61.6% 84.2% 57.5% 55.1%
Google 4.9% 64.9% 32.8% 34.9%
infoseek 18.0% 13.0% 1.5% 2.1%
Bing 2.5% 1.9% 1.0%
goo 31.9% 13.5% 1.1% 1.3%
BIGLOBE 6.8% 3.7% 1.0% 1.2%
OCN 3.6% 2.5% 0.3% 0.5%

注1. 1997~2008年は「主に利用する検索エンジン」、2009年以降は「最も利用する検索エンジン」。Googleは2001年に日本に上陸。

注2.Bing までの4社は米国系、goo以下の3社が日系。

出所:一般財団法人インターネット協会監修「インターネット白書ARCHIVES」http://iwparchives.jp/(2016年4月2日閲覧)。

第2に同じアジアで、アルファベットを使用しない中国や韓国では、当初、グーグル、ヤフーなどの米国勢が先行したが、後発の国産検索エンジンがユーザのニーズにマッチしたサービスを、オプトアウト方式で提供。米国勢を抜き去ったり(中国)、米国勢に伍して健闘している(韓国)(表2参照)。

表2  検索エンジンシェア比較(2015年6月現在)

国名 日本 中国 韓国
国内勢トップ(シェア) Baidu (72.43%) NAVER(39.98%)
外国勢トップ(シェア) Google(61.12%) Google(2.53%) Google(52.33%)

出所:高橋暁子の「意外と知らない!? 業界ランキング」 - 第46回「いつの間にか日本もGoogle寡占! 検索エンジンシェア早わかり2015」http://ascii.jp/elem/000/001/039/1039953/(2016年4月2日閲覧)。

中国は事業者に自主検閲を課すなど検索エンジンを取り巻く規制環境が西欧諸国とは異なるため、国内勢が有利なのはやむを得ないとして、同じ民主主義国で規制環境も日本と変わらない韓国で、国産エンジンが気を吐いているのは注目に値する。著作権法も日本法を参考に起草されたといわれるように、日本の著作権法に類似しているからである。

韓国は2011年までフェアユース規定を持たず、日本が2009年の改正で追加した検索エンジンを合法化する個別の権利制限規定も未だにないが、検索エンジンはオプトアウト方式で対応した。当然権利者から著作権侵害訴訟が提起されたが、ホームページの複製は著作権法で認められた引用にあたると主張、2006年に最高裁もこの主張を認めた。

日本の検索エンジンもオプトアウトで対応していれば、日本市場を米国勢の草刈り場にされるのを防げたかもしれない。しかし、それが難しかったのは想像に難くない。日本の最高裁は1980年の判決で「引用」に対して、条文にない二つの要件を定めた。「引用する側の著作物と、引用される側の著作物とを明確に区別できる」(明瞭区分性)と「両著作物間に主従の関係がある」(主従関係)の二つであった。ホームページ全部を複製すると、利用される側が「従」とはいえなくなり、主従関係の要件は満たせないため、オプトインで対応せざるを得なかった。

NAVERは、韓国市場でも米国勢より後発であったにもかかわらず、一時は米国勢を抜き去ってシェア、トップに立つほどの躍進を遂げた。GDPが日本の3分1の韓国で株価時価総額が新日鉄住金を上回る検索サービス企業が生まれたわけである(表3参照)。

アメリカのようにフェアユースもなく、韓国のように時代に合わせた柔軟な解釈をする裁判所を持たなかった日本は、新日鉄住金を上回る規模の国産検索サービス企業を創出する機会を喪失したことになる。

表3  中国、韓国の検索エンジントップの株価時価総額と日本でのランキング

社名 Baidu NAVER
株価時価総額 7兆4429億円[1] 2兆0121億円[2]
日本でのランキング[3] 第5位 KDDI 8兆1534億円

第6位 三菱UFJ 7兆2077億円

第48位 ハウス 2兆0500億円

第49位 新日鉄住金 1兆9691億円

  • [1] 2016年4月1日ニューヨークNASDAQ市場終値による時価総額を1ドル113円で換算。
  • [2] 2016年4月1日韓国コスダック市場終値による時価総額を1ウォン0972円で換算。
  • [3] 日本経済新聞「時価総額上位ランキング」http://www.nikkei.com/markets/ranking/stock/caphigh.aspx (2016年4月2日閲覧)。

こうした反省から、知的財産推進本部は「知財推進計画2008 」で包括的な権利制限規定導入の検討を提案、「知財推進計画2009」では権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)導入の検討を提案した。所管する文化庁で検討したが、権利者の利益代表委員が最大勢力を占める文化庁の審議会で骨抜きにされてしまった。文化審議会は2011年に「権利制限の一般規定(日本版フェアユース)報告書」をまとめたが、内容は「権利制限の一般規定」とよぶには程遠く、従来の改正でも追加されてきた個別の権利制限規定と変わらない三つの条文が2012年の著作権法改正に盛り込まれた。