グローバル経済の終焉とシェア経済の行方

酒井 直樹

最近テレビで「日本のここがスゴい」という番組がよく流れています。実際に世界からの観光客は増加の一途。一方ネット界隈では、「日本の一人当たりGDPは32,000ドルで世界26位。シンガポールの3分の2、香港以下。韓国にも抜かれそう。もう中進国だと自覚すべし」という言説をよく見ます。一体どちらが本当なのでしょうか。

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私は、日本が中進国ということは決してないと確信します。確かにGDPに一頃の輝きは無いけれど、お金で計れない価値があって、それを加えた総合点は世界トップクラスだろうと。順を追って説明します。

東西冷戦が終結し、ベルリンの壁が崩れ、世界は資本主義に拠る単一の市場となりました。IT革命と資本の自由化で、情報とお金が国境を越えて簡単にやり取りされるようになりました。

1980年代後半以降の米国で、設計・デザイン・マーケティングこそが付加価値を生み出すという考え方のもとに、ファブレス(fabless)化といって、メーカーでありながら設計・開発のみを行い、製造は協力会社など他社に委ねる企業形態が広まりました。デルやヒューレット・パッカード、アップルといった大手メーカーは、各種パーツのOEM供給や駆体の組み立てを鴻海など台湾・中国の会社に委ねる世界的な分業体制が広がりました。世界の工場となった中国は劇的な経済発展を遂げ、資源価格の高騰とともに資源を有するBRICSなど新興国が台頭していきます。これがグローバル経済です。

国境という制約条件が弛み、世界のGDPは膨張し、元々生産性が低くて伸びしろのあった新興国にリソースが傾斜的に配分されました。しかし、73億人全てが豊かになるほどにはパイは大きくならなかったので、いつかは天井を打つことになります。それが2008年のリーマンショックですが、中国が、身を切る無茶な延命措置を講じたために、2016年(今年です)までその幕は引かれませんでした。でも、もう限界です。資源価格は下落し、中国経済も変調をきたしています。今、グローバル経済という壮大な物語が終わろうとしています。

グローバル経済の要諦は「お金」で全てを量るという拝金主義です。ひとつの国単位での経済なら活動ならば、環境とか文化とかモラルといった市場で計れない価値(外部経済)を共有することがあり得るのですが、地球の裏側の人と電子メールで取引する時には、そういった「余分」は全て削ぎ落とした、「刹那の金こそが全てのバロメーター」になります。中国の国土が大気・水質汚染で埋め尽くされるとか、たかだか100円の品物を遠くまで配送するのは環境負荷が高すぎるとか、市場の外に置かれるものは完全に無視されます。

このようなギスギスした世界大競争に嫌気がさしたり、消耗した人たちが、断捨離とかミニマニズムとか田舎暮らし、もう「モノはいらない」というある種のデタッチメント、シェアリング社会を生み出したのだと私は思うのです。「ものを所有したくない」というのはマルクスもビックリの資本主義の否定です。

待てば海路の日和あり、すっかりグローバル化の波に乗り遅れた日本に出番が廻ってきます。考えてみれば、日本にはもともと「ものを大切にする(もったいない)」とか「助け合う(お互い様。情けは人のためならず)」といった文化素地が根強くあって、既に完成度の高いシェアリング社会を実現しています。UberやAirB&Bが出回る以前に、そもそも日本ほど公共交通が発達した国は世界でどこにもないです。朝の満員電車は「シェアし過ぎでしょ」と思いますが。カプセルホテルを見てください。究極のAirB&Bです。一昔前から若者や老人に流行のシェアハウス。あれは江戸時代の「熊さん八つあん」長屋の現代版ですね。貸し自転車に、相乗りタクシー、そば屋の相席、駅の無料傘。昔は貸本屋があって、今もレンタルビデオ店が残るのは日本くらいです。

どうして、今欧米でUberやAirB&Bが流行かというと、インターネットで「リスクヘッジ」が出来るようになったからです。乗せるほうも乗る方も、泊める方も泊まるほうも、見ず知らずの他人ですが、ネットで素性と評判が解るからトラブルのリスクを減らせる。で、安心して個人と個人が交流できるのです。個人主義、狩猟文明をルーツとする彼らにとっては自分の身は自分で守る、自由は勝ち取る、それが基本原則です。

ところが、日本では見ず知らぬ人が隣にいても共同風呂に入るし、相乗りもするし、カプセルホテルに泊まる訳です。それは、基本的に悪いことをする人が少ないから信用できるわけです。旅館の精算後払いなのは日本くらいです。加えて、日本には「公」という概念(お天道様が見ている)があるので、公共財である水や空気を汚すのも、道にゴミをすてるのにも罪悪感を覚えます。

「空気と水と安全はただ」はGDPにカウントできません。一見きれいそうに見える、シンガポールやヨーロッパにもスラム街はあるし、こうした公共インフラは整備されているとはいえません。外国に住んでいる私は、日本に帰って来るたびに日本の良さを実感するのです。

なので、こうした市場でお金に換算できない分も含めれば、日本人はGDPランキング以上に豊かだということです。だから観光客もやってきて、その世界観に共鳴して帰っていかれるわけです。大体「既にタイに抜かれている」という人ほど、観光でほんのちょっとバンコク滞在していい所しかみていなくて、生活者のリアルを知らないものです。韓国のセブンイレブンに行ったことがありますか?日本のそれがいかに明るくて、清潔で、広くて、商品が豊富で、店員さんの接客態度が良いかを再認識しますよ。

ただ、日本にもこれから外国人観光客がやって来るのであうんの呼吸でという訳にもいきません。また、インターネットは新しいシェアリング経済・社会サービスを日本もたらしてくれるでしょうし、「元祖」から世界に新しいインターネットサービスを発信していけると思います。失われた20年、日本はいいとこなしでしたが、こうしたローカルに重きを置く新しいパラダイムの下で、また輝く時代がやってくることを期待します。

Nick Sakai  ブログ ツイッター