東京大学は通信教育制にしないと破綻する

昨年9月、英国教育専門誌Times Higher Educationが発表した2015-2016の世界大学ランキングが、日本の教育界に衝撃を与えました。東京大学が前年の23位から47位に凋落し、アジア首位の座をシンガポール国立大学に明け渡し、さらに北京大学にも抜かれたのです。その評価基準が、英語論文の被引用数であったり、「国際化」に重きを置くものであったので、スーパーグローバル大学創成に躍起になる文部科学省は、「それみたことか」とますます意気軒昂です。

スーパーグローバル大学とは、日本国外の大学との連携などを通じて、徹底した国際化を進めて、世界レベルの教育研究を行う「グローバル大学」を重点支援するための事業で、全国30校程度を指定し、日本の大学の国際競争力の向上を進め、グローバルな舞台で活躍できる人材を育てることを目的にしています。

しかし、私は、東京大学経済学部の卒業生として、そして「スーパーグローバルな」シカゴ大学(ランキング10位)でMBAを取得して、その後20年間外資企業で働いている「スーパーグローバルな」人間(何だそれ?)として、異論があります。この方向で行くとますます東京大学は凋落すると私は断言します。

文部科学省のキャリアも東大出身者が多いのでしょうが、彼らは、外国で働いたり暮らしたりした経験が殆どない、それどころか霞ヶ関の役人ムラから出たことが無いドメスティックな人々なので、こんなギャグのようなアイデアを思いつく訳です。以下その理由ご説明します。

スーパーグローバル大学(文部科学省HPより)

文部科学省のキャリア官僚は思いもつかないのでしょうが、「東京大学とは究極のサービス業」であります。だから、この手の話はマーケティング理論で考えるべきです。まず、顧客を定義して、顧客のニーズを把握して、その欲求を満たして喜ばれる、それだけです。

では、東京大学というサービス業において顧客とは一体、誰でしょうか。実は、3者います。それは、

  1. 学生(よき教養を授けさせていただき、立派な社会人になっていただきます。)
  2. 就職先の企業 (優秀な企業戦士の卵を育成して提供させていただく)
  3. 日本国民 (血税による投資に見合うよう、卒業生にしっかり社会貢献させ、よい国づくりをする)

では、まず学生さんのニーズを深堀りしていきましょう。彼らは何で東大を目指すのか?私の勝手な考えですが、3つあると思います(異論は認めます。)

1 .セルフブランディング:よく東大生は卒業生より価値があると言います。東大に入ること自体が自己目的化していました。合コンでは慶應生には敵いませんが。田中康夫・泉麻人先生の名著「大学解体新書」に詳しいです。

今では考えられませんが、東大に合格すると新聞・週刊誌が出身校と氏名を町村別に掲載し(特に学歴社会を指弾する朝日・毎日が煽る矛盾)、一家の誇り、地方では村長以下村民が万歳三唱で送り出しました。今もインドではインド工科大学(IIT)に入ると村を上げて祝宴を開くそうです。

2. 地位と名誉と収入の優待券:かつては、東大生であればほぼ全員、中央官庁か一流企業への就職が約束されていました。就職すれば、年功序列と終身雇用の下、強大な学閥(ここでも慶應三田会には煽られますが)に護られて、順調に出世、30代で1000万円、40代で課長、50代でほぼ一律2000万円ゲット、というスゴい時代でした。 

3. 学術研究を極める:東大に入れば、優遇された研究設備や優秀な教授陣。学会への優先搭乗券を手に入れられます。末は博士か大臣か。

ところがです。バブル崩壊とともに、一番大きな「地位と名誉と収入の優待券」は紙くず同然となってしまいます。キャリア官僚はブラック職場だし、メガバンクは大量採用でソルジャー化の懸念、メーカーや商社は先行き危ない。アカデミアも同様、ポスドクはいろいろな意味で茨の道です。

それでは、今優秀な学生さんはどこにいくのでしょうか?世知辛いご時世ですから、中高生は早いうちから、自己防衛のポジショニングをとります。

多くの理系のトレンドは、地方国立大学医学部です。ある意味、グローバル経済の終焉からローカル・シェア経済の復興を先取りした動きです。中央集権の権化、名誉だけの東大よりは、よっぽど地位も収入も安定しています。数年前、私の知人の娘さんが神戸大学医学部に入学されました。当初は東大理科一類を志望されていたのにスイッチしたそうです。彼女の住まいは三宮近辺。神戸大学は、影響力のある病院が兵庫県近辺の通勤圏内にあって、大学病院の偉い先生が、各人の実情に照らしてローテーションをかけてくれるそうです。まさにローカルエコシステムが存在しているのです。

一方、ごく少数の海外指向の高い優秀な学生は、外資系企業、マッキンゼーとかボストンコンサルティング、あるいはGoogleとかApple、それもいきなりアメリカ本社への就職を狙います。そのため、ハーバードやスタンフォード大学を受験します。今は、入試準備を助けてくれる予備校が日本にもあって、最初から東大は眼中にありません。残念ですが、グローバル企業がアメリカに偏在している以上、いくら東大がスーパーグローバル化しても、米国の大学には敵いません。米国ではインターンシップや冠講座、企業出身の先生と、入りたい企業との接点が密接にあるので、東京にいることは圧倒的に不利です。日本社会がスーパーグローバル化していないのに東大だけスーパーグローバル化できないのです。

一部の国際派は海外に雄飛し、多くの手堅い層は地方に残り、2008年には48.1%だった関東地方出身者の合格者占有率は2015年には59.2%に達し、急速に東大の関東ローカル化が進んでいます。どう考えても、ポジショニングが中途半端で、昔のダイエーの末期のような何だかよくわからない「スーパーグローバル化」が解決策でないのはあきらかです。負けると解っていて「大東亜共栄圏」の看板を降ろせなかった、太平洋戦争末期の大本営を彷彿とします。「ハーバードに勝てる。絶対。気合いで。」

東大に優秀な人間が集まらないことは、もう一つの顧客、企業にも由々しき事態です。優秀な企業戦士の卵が地方にこもってしまうのですから。そして、外国人留学生も集まらず、明治維新以来築きあげてきたシステムを崩壊させることは「最後の顧客」国民の利益にもなりません。

スーパーローカル校を目指せ

じゃあどうすればいいのでしょうか。問題点を洗い出して、ニーズを満たせば、またお客さん(学生さん)は帰ってきてくれる訳です。

お客さんのニーズ

お客さんA:東京で消耗したくない。地方でまったりしたい。安定した仕事で、それなりの収入を得たい。東大ブランドはできれば欲しい。

お客さんB:世界に雄飛して活躍したい。バリバリ仕事して、ガッツリ儲けたい。米国トップスクールの補助的に東大ブランドはあってもいい。

提案

 お客さんAに対しては

学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校を見習って、東大学士課程をバーチャル化する。地方県庁所在地にある国公立大学(例えば佐賀大学)と連携して、そこで東大の遠隔授業を提供する。東進ハイスクールのように、東京・駒場・本郷での講義を佐賀大学のキャンパス(あるいは自宅)で受けられるようにする。飛行機のコードシェアのように、一部の講義は佐賀大学の先生の授業を受ける。体育とか。年に数回、恐れ入りますが東京に出てきてもらう。なんなら、東京デイズニーランドで卒業式する。徹底的な顧客志向。で、学位は「東大卒」。もちろん、佐賀大学にとっても美味しい。学生の交流は刺激になるし、コスト削減にもなる。究極のIoTシェア経済。

さらに、東大就職部(あるのか?)は、佐賀県庁や地元企業と関係を築き、地元指向の学生さんの就職のお世話をする。秋田の国際教養大学はもうやっています。

で、企業も変わらないとダメ。例えば地方に研究開発拠点のある全国企業は一杯ある。そこでの地域限定総合職をしっかり整備して、東大在地方の学生さんをインターンシップでつなぎ止め、入社させる。もう地位や給料で報えないのだから、これくらいやらないと優秀な人材は採れない。

お客さんBに対しては、

気持ちよくハーバードやスタンフォードに送り出す。でも、時々、外人の同級生つれて日本にスクーリングに来てもらう。(できれば佐賀に。外人田舎好きだし。ちなみに私のシカゴ大学の同窓生のアメリカ人、佐賀に留学体験あって、無類の佐賀好き。これ実話です。彼女曰く、「食べ物が美味しくて自然豊か」。)東大教授陣が「グローバルエリート」のためのカリキュラムを自前で一から作るなんて無茶なことはしない。

日本にもいいところは沢山あるのだから、例えばトヨタやJRとかと連携して、日本ならではの単位講座を米国大学と共同で作り、日本人学生のみならず、優秀な世界の人材を吸引する。で、卒業時には共同学位を与える。

是非ご検討くださいませ。

Nick Sakai  ブログ ツイッター

(参考)世界大学ランキング2015-2016

第1位: カリフォルニア工科大学
第2位: オックスフォード大学
第3位: スタンフォード大学
第4位: ケンブリッジ大学
第5位: マサチューセッツ工科大学(MIT)
第6位: ハーバード大学
第7位: プリンストン大学
第8位: インペリアル・カレッジ・ロンドン
第9位: スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)
第10位: シカゴ大学
第11位: ジョンズ・ホプキンス大学
第12位: イェール大学
第13 位:カリフォルニア大学バークレー校
第14 位:ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)
第15 位:コロンビア大学
第16 位:カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
第17 位:ペンシルベニア大学
第18 位:コーネル大学
第19 位:トロント大学
第20 位:デューク大学
第21 位:ミシガン大学
第22 位:カーネギーメロン大学
第23 位:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)
第24 位:エディンバラ大学
第25 位:ノースウェスタン大学
第26 位:シンガポール国立大学(NUS)
第27 位:キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)
第28 位:カロリンスカ研究所
第29 位:ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン
第30 位:ニューヨーク大学(NYU)
第31 位:スイス連邦工科大学ローザンヌ校
第32 位:ワシントン大学
第33 位:メルボルン大学
第34 位:ブリティッシュコロンビア大学
第35 位:ルーヴェン・カトリック大学
第36 位:イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校
第37 位:ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク
第38 位:マギル大学
第39 位:カリフォルニア大学サンディエゴ校
第39 位:カリフォルニア大学サンタバーバラ校
第41 位:ジョージア工科大学
第42 位:北京大学
第43 位:東京大学
第44 位:カリフォルニア大学デービス校
第44 位:香港大学
第46 位:テキサス大学オースティン校
第47 位:清華大学
第47 位:ヴァーヘニンゲン大学
第49 位:フンボルト大学ベルリン
第50 位:ウィスコンシン大学マディソン校