大統領ポストを目指す2人の政治家が司会者抜き、ルールなし、観客なしで45分間討論したらどうなるだろうか。オーストリアの民間放送ATVが15日、「テレビ放送史上初の実験」とうたった番組「Meine Wahl」(私の選択)を放映した。その結果、予想以上の反響を呼んだ。
▲司会者抜き、ルールなし、観客なしの議論に臨む2人の大統領候補者(左・バン・デ・ベレン氏、右ホーファー氏)ATV放送の公式サイトから
2人の政治家の議論後、司会者が政治評論家に印象を聞いた時、そのコメントは辛辣だった。「2人は大統領職の品位を汚してしまった」「政治問題に対する具体的な議論はなく、幼稚園児レベルだった」というのだ。
当方は2人の議論番組を楽しみにしていた。結果は政治評論家のコメントとあまり大差がない。かなり低レベルの議論に終始していた。ただし、面白かったことも付け加えなければならない。なぜならば、当方は最初から2人の候補者に政治家の品位を期待していなかった。願っていたことは、考えていることを自由に語ってほしい、司会者抜きのほうがその点やりやすいだろうと考えていたからだ。
大統領職の品位を傷つけた2人とは、今月22日に実施されるオーストリア大統領決選投票に出る極右政党「自由党」で第3国会議長のノルベルト・ホーファー氏(45)と「緑の党」のアレキサンダー・バン・デ・ベレン前党首(72)だ。
それでは2人が大統領職を汚した発言を拾ってみた。「あなた嘘つきだ」(ホーファー氏)、「君こそ子供じみている」(バン・デ・ベレン氏)、「あなたを支援する人々は有名人だけだ」(ホーファー氏)。「君が大統領になれば、オーストリアは欧州から嫌われるよ」(バン・デ・ベレン氏)などだ。
上記の発言をみて、「なんだ、その程度のやり取りは選挙戦では普通だよ」といわれるだろう。しかし、路上の選挙運動ではないのだ。2人はテレビのカメラの前で司会者なしで顔を向けあい話しているのだ。大統領ポストを目指す45歳と72歳の男が相手のイメージを傷つけ、貶している状況をどうか想像してほしい。
ホーファー氏がバン・デ・ベレン氏に「あなたはいつもえげつない話し方をする 」、「あなたは偉そうに知ったかぶりする(oberlehrerhaft)」と揶揄すると、バン・デ・ベレン氏は手を顔の前で振るジャスチャーをしながら、「君は馬鹿か」と貶す。そのシーンは子供喧嘩を思い出させる。政治評論家が議論後、「2人とも大統領職を汚した」と指摘したが、間違っていない。ちなみに、独週刊誌「シュピーゲル」電子版も2人の議論について、「オーストリア社会が左右に分裂していることを端的に示した」と報じている。
オーストリアの大統領は名誉職であり、政治的な権限はほとんどない。必要なものは人物の品性だ。知性と道徳的な権威だ。残念ながら、2人のやり取りから品性を感じることは難しかったばかりか、知性も感じなかった。「緑の党」前党首と極右政党の指導者は思想的には左と右の正反対だ。議論が喧嘩レベルに終始したのもある意味で仕方がなかったのかもしれない。
ひょっとしたら、司会者抜き、ルールなし、観客なしで候補者に45分間語らせた番組制作者も2人の生々しい人間性を見て驚いていたかもしれない。心配する点は、有権者が大統領選の候補者の低レベルさにショックを受け、投票を棄権するかもしれないということだ。