メンタルヘルスの悪魔

画像は厚労省HP「こころの耳」より引用。

ストレスチェックを義務付ける制度が昨年の12月1日に施行された。施行半年が経過したこともあり、いささか私見を述べることをお許しいただきたい。

●市場創出を期待されたストレスチェック

内閣府の調査によれば、平成26年度における自殺者の総数は25,427人(男性68.4%、女性31.6%)で、前年に比べ1,856人(6.8%)減少している。原因・動機が明らかなもののうち、その原因・動機が「健康問題」にあるものが12,920人で最も多く、次いで「経済・生活問題」(4,144人)、「家庭問題」(3,644人)、「勤務問題」(2,227人)の順となっており、この順位は前年と同じである。※平成19年に自殺統計原票が改正されたことから実際の自殺数はさらに多いともいわれている。

厚労省によれば、うつ病を含むメンタルヘルス疾患の患者は、平成20年には104万1,000人に達し、平成24年に精神障害で労災認定された人は、3年連続で過去最多を更新している。この状況を鑑みればメンタルヘルス対策は時代のニーズであり喫緊の課題だったと判断することができる。

参入側(EAP会社、コンサル会社、社労士、中小企業診断士など。以下、参入側で統一)でも多くの業種業態の進出が予測され、導入側(ストレスチェックを導入する企業。以下、導入側で統一)においても、その効果が期待されていた。

これは、平成20年4月に特定健診としてはじまった「メタボ健診」の再来を予感させた。メタボ健診は医学的根拠の希薄な判断基準であるとの批判が強いものの、大企業などが加入する健康保険組合では受診率71.8%(平成25年)と高く、全体でも47.6%(同)が受診している。当時、メタボ検診の市場は3,000億円程度と予想されていたが、ストレスチェックも新たな市場創出の可能性を大いに期待されていた。

●客観性に乏しいストレスチェック

厚労省のHPには次の記載がある。「本制度の施行後は、毎年1回、定期的に従業員に対してストレスチェックを行うこととなり、初回のストレスチェックは平成28年11月30日までに実施することとなります。」

これは、ストレスチェック制度は平成27年12月1日に施行するものの「第1回目の実施は平成28年11月30日までに実施すれば問題ない」という解釈になる。参入側は施行に伴いマーケットが動くことを予想していた。しかし実施までに1年間の猶予期間が設けられていた。

当初は、「50名以上の事業所は実施する義務があるので、大手企業を中心にマーケットは動くだろう」と考えられていた。ストレスチェックの市場は特定健診・任意健診と対象が同等であれば約1億人が対象になる。これは大きなビジネスチャンスであると。

しかし、思惑とは異なり導入側の動きは鈍かった。大手企業であれば既存の産業医や保険師が存在する。大手企業が動かないわけだからマーケット自体が硬直化していく。関係者の多くは新たな市場創出を期待していたものの、現状は思惑が外れた結果となっている。

ストレスチェックの判定基準は、高血圧や糖尿病などのように客観的指標をもって診断がなされるわけではない。国や学会が定めた統一基準があるわけでもない。参入側の評価はバラバラであるから、「高ストレス社員に該当」と判定される割合にも客観性を求めることが困難なケースが散見している。

また、ストレスチェックテスト実施に医師は不要である。ネット受験か紙による配布が一般的だが設問において信頼のできるエビデンスが存在しない(※誤解がないように補足すると、統計解析などによる信頼性・妥当性は検証されているものの国際基準を満たした医学系学会が認定するようなエビデンスは存在しないという意味)。もともと客観性に乏しい領域だったので参入側にとって障壁が低かったということになるだろう。

●事業や意義の再定義が必要では

仕事上の疾患や自殺などを抑制する効果を期待されたストレスチェックは、前述どおり導入側が動かない以上、参入側にとってもマーケット開拓は難しい。現況を勘案すると、一部の成功した会社を除き規模縮小や撤退をはじめた会社もみられている。

彼らはなせ失敗したのだろうか。答えは明白である。儲けたいと思うことが優先しており、ビジョンが欠落していた。決して、「儲けたい」「ビジネスチャンスがある」と考えることが間違いと言っているのではない。

しかしこのような社会性の高い事業は「社会にどのような価値を残すのか」「社員や会社にとってどのような貢献ができるのか」をもっと考える必要があったように思う。これは事業を推進するうえで非常に重要なことではないかと考えている。

数年前に破綻したコムスンを取材したことがある。設立当初から拠点拡大にまい進していた。しかし拠点を増やせば客が集まるほど簡単でもなかった。手法自体も従来の社会福祉法人と比較して大きな差は無かった。

経営が悪化すると、売上で入居一時金を増やしてからでないと人員が充足できなくなった。そのため勤務していないはずのスタッフの名前をつかい介護事業所としての認定を取得する構図ができあがる。介護業界全体としてみた場合、慢性的に人員が不足しているということも足かせになった。

ストレスチェックはどうなるのだろうか。取材により様々な撤退戦のケースを入手することができた。事業失敗の責任をとらされて解雇をされたり、賃金を未払いにされたり、詰問をうけて「うつ病に罹患させられた」というケースもあった。ストレスチェックをおこない、メンタルヘルスを標榜する会社が、社員を罹患させるとは本末転倒な話であり滑稽である。少なくともそのような会社が参入すべき市場では無いということなのだろう。

ストレスチェックは社会性の高い事業であることは間違いない。この事業を成功するための価値や意義を関係者は再度、真摯に考える必要性があるように感じている。

尾藤克之
コラムニスト

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