ゼルボ氏の知られざる中国人脈

中国歌劇舞踏院(China National Opera & Dance Drama Theater)の公演が14日、ウィーンのオーストリア・センターで開催された。公演は、オーストリアと中国両国の国交45周年を記念するイベントの一環だ。興味深い点は、国連工業開発機関(UNIDO)ばかりか包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)が同公演を後援していたことだ。

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▲中国歌劇舞踏院のウィーン公演のパンフレット(2016年6月14日)

公演ではUNIDOの李勇事務局長が歓迎挨拶をした。中国元財務次官出身の李事務局長が母国の文化公演に顔をみせ、歓迎の挨拶をすることは不思議ではない。ウィーンの国連専門機関トップであり、オーストリア居住の中国人にとっても誇りだろう。
不思議な点は、CTBT機関が中国の文化イベントを後援したことだ。CTBTOは核軍縮機関だ。パリに本部を置く国連教育科学文化機関(UNESCO)ではない。ウィーンの国連外交筋は、「なぜCTBTOが中国歌劇舞踏院の公演を後援するのかといぶかる声が聞かれた」と報告していたが、極めて当然の疑問だろう。

そこで、なぜCTBT機関が中国歌劇舞踏院公演の後援を引き受けたのかについて、その背景を取材した。

中国は米国と共に安保理常任理事国だ。ラッシーナ・ゼルボCTBTO事務局長はCTBTの早期発効のためには中国の批准を必要としている。同事務局長自身も数回、北京を訪問し、北京指導者を説得してきた。
CTBTは今年9月で条約署名開始から20年目を迎える。6月現在、署名国183カ国、批准国164カ国だが、条約発効に批准が不可欠な核開発能力保有国44カ国中8カ国が批准を終えていない。中国も批准を完了していない。そこでゼルボ事務局長が中国側の要請を引き受け、北京側に恩を売り、批准を勝ち取りたい、と密かに考えてもおかしくない。

しかし、CTBTOが突然、中国文化関連公演を後援した理由としては少し弱い。別の理由が考えられるはずだ。そこで分かったことは、ゼルボ事務局長の夫人がUNIDOのコンサルタント(アフリカ・プロジェクト担当)として部長待遇のD1(約9000ユーロ)の給料をもらっているという事実だ。ゼルボ氏とUNIDOを繋ぐ線が浮上してきたのだ。

UNIDO職員に聞くと、「夫人がどのような職務をしているか知らない」という。コンサルタントは毎日、UNIDOのウィーン本部に顔を出す一般スタッフではないからだ。

UNIDOと夫人の間のコンサルタント契約は西アフリカのシェラレオネ出身のカンデ・ユムケラー氏の事務局長時代(任期2005~13年)に結ばれている。西アフリカのブルキナファソ出身でウィーンの「国際データセンター」所長だったゼルボ氏が2012年10月、CTBTO事務局長に選出されると、ユムケラー氏は夫人にコンサルタント契約をオファーしたという。

李勇事務局長の就任後も夫人とのコンサルタント契約は続いている。李事務局長はゼルボ事務局長夫人がUNIDOのコンサルタント契約を結び、高給を取っていることを知っているはずだ。

そして中国歌劇舞踏院がウィーン公演だ。中国側の要請を受け、李事務局長はCTBT機関に公演の後援を依頼した。ゼルボ事務局長は夫人が日頃からお世話になっているUNIDO事務局長の要請を断ることはできない。そこでCTBT機関が中国歌劇舞踏院公演を後援することになったのではないか。

CTBT機関関係者に質すと、「CTBT機関が中国文化イベントを最初に後援したのではなく、中国側の芸術関係の非政府機関(NGO)がCTBT署名開始20年を祝うイベントの後援を申し込んできた。その返礼の意味合いもあって、ゼルボ氏が中国文化イベントを後援することにしたと理解している」というのだ。

CTBT機関が重要な加盟国・中国の文化イベントを後援したとしても批判されることはない。その上、経費はほとんどいらない。一方、UNIDOと夫人との間のコンサルタント契約もそれが公式の契約で、その給料に相応しい実績がこれまであるのなら、他者がとやかくいうべきことではないだろう。

問題は、中国文化イベントを後援したゼルボ氏には公私混同の疑いが払拭できないこと、UNIDOの李事務局長には、ゼルボ事務局長夫人とのコンサルタント契約の背景について説明責任が出てくることだ。

特に、UNIDO側は腐敗、縁故主義の巣窟と批判されてきた。加盟国の脱会が絶えない。ブラジルが現在、UNIDO脱会を検討中だ。もはや欧米主要国だけではない。開発途上国にもUNIDO離れが見えてきたのだ。中国人事務局長の就任後も専門分野が明確ではないコンサルタント契約が多く締結されている。UNIDOの最大資金分担国、日本はコンサルタント契約の再検証を李勇事務局長に至急求めるべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。