事業家と投資家

「僕は投資家としてではなく、あくまでも事業家として大成したい」by 孫正義。(日経スタイルより)

何気に読んでいた記事にハッとさせられたきらりと光る一言です。事業とは汗を流し、苦労し、困難に立ち向かいながらも従業員とともに同じ釜の飯を食して歯を食いしばる、と言ったらかなり古臭いかもしれません。

昔は経営者と従業員の距離感は遠かった気がします。社長はカリスマがあればあるほど格好良かった時代でもあります。

社長には広く豪勢な社長室を与えられ、そこには高級革張りのソファと高価な絵画が飾られています。秘書が来客に膝まづいてコーヒーを提供し、部屋の大きさで客を圧倒します。その割に社長の机の上には書類らしきものがあまりなかったりするのはドラマの見すぎでしょうか?

いやいや、それでも私はカリスマ会長の秘書を2年半もお勤めしました。会長応接室のソファーの前には巨大なコーヒーテーブルがあり、その下に秘書室直通のブザーが隠されています。私はそのブザーが鳴るたびに「失礼します」と恭しい態度で御用聞きに入ります。「君、例の書類持ってきてくれるか?」「はい、かしこまりました」と引き下がるのは良いけれど「例の書類ってなんだ?」と思わず、秘書課長に相談すると今の客は○○サンだからこの案件かな、いや、これかもしれないと数件の書類を持たされ部屋に再突入。「お待たせいたしました、こちらでございますか」と囁くと「これじゃない」と眉間にしわ。が、手元に候補の書類をいくつか抱えているので「こちらでした」とさっとすり替え「そうだ、これだ」でことを収めたことは数知れず。

経済雑誌などを読んでいると最近の社長は各フロアを回って社員の様子を見に行ったり、終業後、社内バーで従業員と懇親会をするなどたゆまぬ一体化に向けた努力をする企業も多くなってきたようです。「トップの声がわからない」「トップは年に一度創立記念日の社員向けスピーチをビデオ越しに見るだけ」という時代は過ぎたようです。

孫正義氏も自分で育ててきた数々の事業への愛着は深いものがあるでしょう。また、アメリカの通信事業は立て直しにまだまだ時間がかかるものの確実な手ごたえは得ているようです。これは孫正義氏のパッションが従業員にダイレクトに響いているからこその攻勢開始ののろしとも言えます。

投資家とは安く買い、高く売り、その利ザヤを稼ぐことであります。つまり、目的は利益というマネーだけであり、その会社の成長も従業員も取引先も関係ありません。最近のホテルやオフィスビルの多くはファンドや機関投資家、世界の公的資金など様々な「投資家」が所有しています。なぜそうなったかといえば企業が買い取れないほど建物の規模が大きくなり、価格が高騰したからでしょう。それら多くの投資家達は家賃収入やホテルのオキュパンシー(占有率)や売り上げに目が行き、立派な建物の会議室であらゆる数字の分析をした書類を片手に「このぐらいの利益を出してくれ」と運営会社に指示をします。が、投資家は所有する建物に来ることはまずなくその興味も持ちません。

不動産事業だけではなく事業会社でも同じです。インキュベーション(事業孵化)中の成長見込みある企業に資金を投じ、経営者に札束でもっと派手にデカく展開しろ、とはっぱをかけます。経営者は資金を元手に従業員を増やし、事業投資をし、設備を買い、積極攻勢をします。よい例が韓国のネイバーが持つLINEでしょう。数日前サムスン電子にいた韓国人の友人が「おれ、サムスンを辞める時、ネイバーの立ち上げメンバーに誘われていたんだよな、あの時ネイバーに行っていれば俺の人生、変わったよ。」と嘆いていました。本人には言いませんでしたが、LINEを大きく展開したのは日本のスタッフであり、元社長の森川亮クンでしょう。韓国ネイバーにとってはそれこそ棚からぼた餅であったと思います。

アメリカのエンジェル投資家は素晴らしいアイディアを持っている若者に夢を与えるという点でうまくできた仕組みであります。が、エンジェル投資家が世界に蔓延し、マネーを持っているだけで偉そうにしている人や会社が急増しました。これも溢れるマネーが生み出した社会現象なのでしょうか?

が、仕事とはやはり現場から始まります。そこではこの瞬間も何かが起きています。現場で野獣ごとくビジネスの匂いをかぎ取り、正しい経営判断を下し続けることが本来あるべき企業のスタイルではないでしょうか?奇しくもソフトバンクの社外取締役にはユニクロの柳井正氏と日本電産の永守重信氏がいます。この三人に共通するのは現場第一主義。それは創業者としてゼロスタートを切ったあの時から血の出る思いをして築いた組織をすべて知り尽くしている共通点があります。この三人は代表的経営者として歴史に残るはずですが、その人たちが現役で今も残し続けるその言葉の数々は多くの教訓をもたらしてくれるとも言えます。

一事業家として学ぶべきことはまだまだ延々と続きます。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 6月28日付より

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。