石井孝明 経済ジャーナリスト
2004 年に閉鎖されたスコットランドのチャペルクロス原発(Wikipediaより)
英国は6月23日に実施した国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた。エネルギー政策、産業の影響について考えたい。結論をいうと、エネルギー・環境政策の分野で、安定供給、コストの面から悪影響が広がりそうだ。商品取引の中心でもある英国のシティへの悪影響も懸念される。
不足するエネルギーをどうするか
英国は老朽火力発電の閉鎖、そして原子力の再建設計画を、国の支援で行っている。英政府の見積もりでは、現在から2021年までにエネルギー関連インフラの作り直し整備にかかる費用は2750億ポンド(38兆5000億円)の巨額になるという。電力システムの再設計、最新化によってエネルギー効率の改善、温室効果ガスの抑制などを目指す。しかし仮にEUから離脱すれば、その動きは停滞しかねない。
原子力発電所の建設では、中国企業の参加、発電の受託まで認めた。(筆者記事「「誰もが中国に恋をする」 中国、原発を使い外交攻勢」)原子力発電では固定価格買取制度で、1kW(キロワット)当たり15−20米セントで電気料金を設定することも認めた。これは単価5−6セント程度での発電が可能な原発の発電コストの安さからすると大変な厚遇だ。原発の巨額の初期投資の回収をしやすくするためとされ、野党労働党が。保守党政権への批判の材料にしている。
フランスの半公営の電力会社EDF(フランス電力公社)が建設を請けおい、中国資本が参加する英ヒンクリーポイント原発の建設計画は、初期投資額の算定が遅れ、当初予定からずれ込んでいる。EU共通の安全を過度に重視した原子力規制のせいで投資額が膨らむと見込まれるためだ。仏、中国がかかわる原子炉の建設予定は4つあるが、その先行きはEU離脱によって不透明になるだろう。
英国にとっては大陸のエネルギー供給網との相互接続も重要な問題だ。同国の卸売電力価格はEU平均より高い。これは仏の安い原子力発電による電気を使えないためだ。ロイター通信の報道によれば、電力網の接続計画がEUからの離脱で後退しかねないと英国の電力会社幹部らが懸念しているという。(6月16日ロイター通信記事「アングル:EU離脱で英国のエネルギー投資コストは割高に」)
スコットランド独立とエネルギー
今回の英国のEU離脱の国民投票の結果を受けて、連合王国を構成し、EU残留支持の多いスコットランドで独立論が再燃している。それをエネルギー面から考えてみよう。
スコットランド自治政府のエネルギーパンフレット「Energy in Scotland 2015」によれば、2013年時点でエネルギー消費量は285Mw(メガワット)と全英国の10%程度、日本でいうと北海道電力程度の供給量だ。そのうち、再エネ発電での供給が11%と英国の4.2 %よりは多いが、全EU平均の14.1%よりは小さい。またスコットランドには、2つの原子力発電所で4基の原子炉がある。
スコットランド自治政府の計画では、民間企業にFIT(固定価格買取制度)で補助を与えながら、再エネ発電の割合を2020年までに設備容量で需要の100%、電力供給で20%にしようと計画をしている。同国は北部地域で北海からの風で風況がよいため、風力発電の設備増加を期待している。
また地下資源開発では地元に最大限の利益を配分することが世界の潮流だ。同国沖の北海油田の権益の配分の情報を筆者は調べ尽くしていないが、現地の自治体はそこからの利益を独立しても得ることができるだろう。
スコットランドのエネルギー事情は自立に向かっており、その独立を妨げるものにはならないだろう。
世界の商品・エネルギー取引の中心だったシティ
英国ロンドンのシティ(金融街)はまだ大英帝国のなごりで、世界の商品取引の中心だ。株、金融商品の取引だけではない。
石油ではロンドン国際原油取引所(IPE)での原油とガスの取引市場、金はロンドンの貴金属商間の現物取引市場、レアメタルではロンドン金属取引所(LME)という重要な市場がある。そして世界の石油、ガス取引に影響を与えるスーパーメジャー4社のうち、BPとロイヤル・ダッチ・シェルはロンドンにある。
また英国と英企業は、EUの規制色の強い、環境政策、またエネルギー・温暖化抑制政策を主導してきた。電力自由化、政府による温室効果ガスの排出規制、欧州排出権取引制度(EU-ETS)などだ。EU-ETSはBPの社内制度を元に英国政府が、国内で採用し、それがEU全体の仕組みとして採用された。ただしこの制度は現状、うまくいっていない。
英国の政府や企業は制度づくり、また業界のトレンドづくりに優れている。それはシティの存在感を使い、大英帝国の資本やノウハウの蓄積、企業の持つ力、自らに有利な制度を先んじて作る構想力によるものだっただろう。しかし、そうした国の持つ総合力がEUと切り離されることで弱まる可能性がある。
19世紀のドイツの社会学者のマックス・ウェバーは、「強力な金融機関と取引所は経済上の権力上の闘争における手段」と論文『取引所』で洞察したという。これはフランクフルトの金融市場の整備を主張するために書かれたそうだ。しかしドイツの取引所の存在感は結局、ロンドンのそれを19世紀から21世紀の現在まで超えられなかった。ドイツが「ものづくり」で優れていても、イギリスから経済的覇権を奪うことも、2度の世界大戦に戦争に勝つことができなかったのも、シティからヨーロッパの物資と金融の取引の中心の地位を奪えなかったことが一因かもしれない。
かつては大英帝国ゆえに自然と取引所が形成され、企業が集まった。帝国の縮小後、せっかくの強みだったEUとのつながりは、今回の離脱で消えてしまう。英国の総合力を支えた取引所や、原油とガスのビジネスでのスーパーメジャー2社の動きも悪影響を受けそうだ。
英国のエネルギー・環境のビジネス面、政策面で、EU離脱がもたらすプラス面を見出すことはできない。さまざまなリスク、また問題への懸念による投資の抑制、人の敬遠が、資本コストを押し上げ、ビジネスと国の経済力を弱めていくかもしれない。