大統領選のやり直しは国家の恥か

オーストリアのフィッシャー現大統領は7日、2期12年間の任期を満了し、ホーブブルク宮殿を後にする。新大統領は8日……と書きたいが、アルプスの小国ではここしばらく大統領不在となる。新大統領がバケーションに出かけたからではない。ましてや病とか事故でもない。次期大統領が“まだ”選出されていないからだ(不在中は3人の国民議会議長が暫定的に大統領職を担当)。


▲大統領選決選投票の無効を表明する憲法裁判所(2016年7月1日、オーストリア自由党のHPから)

同国憲法裁判所は1日、5月22日の大統領選決選投票を無効と表明し、やり直しを命じた。その理由は、「選挙関連法には不備はないが、その実施段階で形式的ミスがあった」という。

オーストリアで4月24日、大統領選挙(有権者数約638万人)が実施された。その結果、6人の候補者は得票率上位2人に絞られ、5月22日、「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)と極右政党「自由党」候補者ノルベルト・ホーファー氏(45)の間で決選投票が実施され、バン・デ・ベレン氏が僅差で当選した。それを受け、今月8日に新大統領の就任式が行われることになっていたが、自由党が先月、決選投票の無効を訴える請願書を憲法裁判所に出した経緯がある。

決選投票結果が無効となったことを受け、大統領選は第3ラウンドを迎えることになった。次期投票日はケルン連立政権が協議し、議会の承認を受けて決定されるが、9月後半か10月初めに実施されると見られている。

第3ラウンドのゴングが鳴るまで時間があるので、憲法裁判所の無効宣言の内容をもう少し検証し、次期選挙の教訓としたい。

ゲルハルト・ホルツィンガー憲法裁判所長官が指摘した「形式的ミス」とは具体的に何を意味するのか。例えば、投票の集計は選挙委員会代表と監視員の立会いのもとで行われなければならない。実際は関係者不在で集計が行われた選挙区があった。投票締め切りは当日午後5時だ。集計はその後始めることになっている。実際は5時前に始まっていた。同国国営放送や2、3の民間放送が投票締め切り直後、投票の暫定結果を流すのは、投票の集計が投票締め切り前に行われているからだ。選挙区の一部で投票締切前に集計された投票結果がメディア関係者やネット関係者に流れ、それが報じられたため、投票をまだ終えていない有権者に影響を与える可能性が出てくる。郵送投票の場合、投票日の翌日午前9時から集計を開始するように規定されているが、かなりの選挙区では投票日に開封され、集計されていた。

上記のように、法がまったく順守されていなかったという現実が浮かび上がってきたのだ。選挙委員会の関係者や監視員の中には選挙法の内容に目を通していなかった者もいたというのだ。

同長官によると、「形式的ミス」に該当する投票総数7万7926票だった。バン・デ・ベレン氏とホーファー氏の投票数の差は3万0863票だから、「形式的ミス」が選挙結果に影響を与える潜在的可能性が出てくるわけだ。

同長官は「今回は責任を追及する考えはない。選挙委員会関係者や監視委員はボランティアで従事している。わが国の民主主義を支えている人々だ。次回の選挙では法を順守してほしい」と説明している。

同国では過去、大統領選決選投票のような形式的ミスは普通だったという。いずれにしても、今回の大統領選決選投票で1%以下の僅差という事態が生じなかったら、「形式的ミス」は追及されることはなかったかもしれない。

大統領選決選投票のやり直しが決まったことを受け、オーストリア議会は郵送投票の仕方や投票時間などで改善を図るために議論を重ねる予定だ。いずれにしても、大統領選決選投票の2人の候補者は夏季休暇を返上し、第3ラウンドに臨まなければならなくなった。

なお、オーストリア大統領選決選投票のやり直しが決まると、独週刊誌電子版は「オーストリアの恥さらし」と速報を流していた。大統領選のやり直しは国のイメージダウンをもたらすというわけだ。
ケルン首相は1日、「選挙の実施で問題点が見つかったのだからやり直しは当然だ。国家のイメージ失墜云々に過剰反応する必要はない。憲法裁判所の決定はわが国の法治体制が機能していることを証明している」と述べている。ケルン首相の説明は多分正論だろう。過ちは生じる。それが見つかれば修正し、次回から同じ過ちを犯さないようにすればいいだけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。