フランスで開催中のサッカー欧州選手権(ユーロ2016)で大活躍したアイスランドのナショナル・チームが4日、帰国し、国民から大歓迎を受けている写真集を独週刊誌シュピーゲル電子版が掲載していた。選手と彼らを歓迎する国民の交流シーンを見ていると、「アイスランドは英雄を見つけた」という感慨を強くした。
欧州選手権に初参加した。それだけで大健闘と言わざるを得ないのに、アイスランドのチームはグループ戦を勝ち抜き、ベスト16まで進出した時、サッカーファンだけではなく、世界が驚いた。過去のデータやイレブンの顔触れを見れば、イングランドを破れるチームとはとても考えられない。それが2-1で勝ったのだ。英雄の条件を満たした試合だった。
3日の対フランス戦でも同じ奇跡が起きるだろうと期待しながら、テレビの前で観戦した。雨が降っていた。アイスランドのサッカー選手たちは国内に屋内競技場は一カ所あるだけで、雪降る日も通常屋外で練習をしてきた選手たちだ。雨はアイスランド・チームにとって“恵みの雨”ではないかと考えた。しかし、ユーロ2016のホスト国フランスのナショナル・チームは結束していた。個々の選手レベルで圧倒するフランスは前半ゴールを次々と決めて試合を一方的に決めてしまった。
やはり、実力の差は歴然としていた。それでもアイスランドは後半に入り2点を入れ、後半だけでは2-1とフランスチームを上回っていたのだ。最後まであきらめないその精神力に改めて脱帽した。
英雄たちが母国に戻ると、レイキャヴィークでは市民が総出でフランスの英雄たちを一目見ようと集まった。アイスランドのシーグルズル・インギ・ヨハンソン首相は、「あなたたちはわが国の宝物です」と述べている。
アイスランドの人口は約33万人だ。その1割、約3万人の国民がフランスに出かけ、ナショナル・チームを応援し、「アイスランド、わが祖国」「アイスランド、わが祖国」と歌う国歌を選手たちと共に口ずさむ。フランスに行かなかった国民はテレビで観戦し、選手と一つとなった。そんな瞬間は多くない。その貴重な時を提供してくれた選手たちは文字通り、アイスランドの誇りとなった。
国が厳しい状況に遭遇し、国内が分裂している時であれば、英雄待望論が出てくる。英雄は分裂した国民を再び結束させるパワーを持っている。強制しなくても、人は集まり、その英雄の言動をみて、若者たちはそれに倣おうとする。これが英雄だ。
当方はこのコラム欄で「一人の英雄で韓国は救われる」(2014年4月26日参考)を書き、珍島沖で起きた旅客船「セウォル号」沈没事故で自嘲気味となっていた韓国国民に対し 「国家を救い、国民を奮い立たせ、その民族の名誉を守ってくれた英雄を韓国は今最も必要としている。その英雄は政治家や軍指導者でなくてもいい。無名な一人の市民でもいい。自分の命を犠牲にして他者を救ったという人間の証が必要だ。英雄の存在は韓国を救う。そして、その数(英雄)が多いほど、国民は国家に誇りを感じるのではないだろうか」と書いた。
どの国でも政治家や指導者の腐敗や汚職が広がり、辞任に追い込まれるケースが絶えない。国民は政治や国家への期待を失い、無関心となっていく。それだけに一層、英雄の出現が願われる。
英雄は強権を振るう政治家ではない。他者の為に生き、他者の為にその命も捧げる人間だ。一人でもいい。もちろん、その数が多ければ多いほど、素晴らしい。アイスランドのナショナル・チームの凱旋帰国シーンを見ながら、「アイスランドだけではなく、私たちの時代が英雄を必要としている」と感じた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。