ハーグ仲裁裁、中国の南シナ海支配に「根拠なし」

安田 佐和子

オランダ・ハーグの仲裁裁判所は12日、中国が主張する南シナ海に設定した「九段線」に国際上の根拠なしとの判断を全会一致で下しました。フィリピンの申し立てが全面的に通り、造成した人工の島や岩礁も「低潮高地」あるいは「岩」とし、排他的経済水域(EEZ)の設定不可としています。中国は一連の結果を受け入れない姿勢を強調しており、今後どのような対応を講じるのか注目されます。海外の識者は、どのように見ているのでしょうか?

米海軍大学中国海事研究所のピーター・ダットン所長は、CNBCに対し「裁定は息をのむほど素晴らしく、長年待ち望まれていた海洋法が明確になった」と諸手を上げて評価します。全会一致だった点も、重要だったと認識。裁判所は政治的な示唆に慎重過ぎるきらいがあったものの「今回は政治であはなく、純粋に法律の観点を考慮しており誇りに思う」と喜びを隠しません。中国のスタンスが「短期的に緩和すると想定していない」とコメントしつつ、今回の判断が「長期的には決定力を持つ」といたって楽観的。米中間での影響としては、米国が国連の海洋法条約を批准すれば自国の立場が強化されると説いていました。ただ海洋法条約には中国を含め165ヵ国が批准する一方、米国では国際機関が商業的活動などを制約するリスクをにらみ共和党を中心とした上院の反対により承認されていません。

ガーディアン紙のインタビューに応じたシドニー大学米国研究センターで米中関係の学者であるアシュレイ・タウンゼンド氏は、南シナ海問題を通じ愛国心を醸成してきただけに「中国にとって大いなる敗北だ」と指摘。中国の国民の反応を鑑みれば、習近平体制には容認し難く「面目を保つために行動に出る圧力が掛かるため、今回の判断を遵守しない、法的根拠がないと明言する」ことは想定内だといいます。問題はそれからで、「軍事演習や南シナ海での防空識別圏の設定もあり得る」と分析していました。防空識別圏をめぐっては、ワーク米国防副長官が4月に認めない方針について発言済みとあって以前から懸念されていただけに、可能性は否めません。

シンガポールにあるISEASユソフ・イシャク研究所のイアン・ストーリー氏は、ロイターに「中国は言葉だけでなく、恐らくより攻撃的なかたちで憤慨の気持ちを行動に移すだろう」と予想します。

ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、「裁定を受け、辱められた中国は米国に怒りの矛先を向ける(After Ruling, Humiliated China Turns Wrath on U.S.)」と題した記事を配信しました。冒頭から「フィリピンのような小国による完全敗北(comprehensively defeated )は、中国が最も危惧していた不面目な結果」と煽ります。その上で新華社が今回の判断を「外部の圧力が細心の注意を持って導いた茶番」と報じたことを取り上げ、米国に立ち向かう恐れがあると指摘しました。緊張が高まる状況では、計算違いや事故によって差し迫った危機が生じかねないとも伝えます。

——今年の米中戦略経済対話では、共同文書に「南シナ海」の文字が見当たりませんでいた。裁定の結果を前に、米中が摩擦を回避したことは容易に想像できます。問題は、ここから中国がどう出てくるのか。米大統領選を控えるだけに、あえて揺さぶりをかける可能性は見過ごせません。

米株は裁定を受けた懸念をものともせず、S&P500に続いてダウまで最高値を更新していきました。アルコアの決算に背中を押されたかたちですが、打ち上げ花火のように終わらなければよいのですが。

(カバー写真:Ivan Herman/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年7月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。