安倍総理の米議会演説を実現した影の立役者 --- 佐東 正浩

安倍総理が2015年4月29日にアメリカ連邦議会の上下両院合同会議で演説が行われたが、2013年冬時点では、安倍首相の議会演説はまず無理だというのがアメリカ側での見解であった。

例えば、米下院外交委員会所属のアジア問題アドバイザーを務め、アジア問題では米議会に大きな影響力を持っているデニス・ハルピン氏が2013年12月にフォーリンポリシーによるインタビュー記事で、「私の当時の上司であった、ヘンリー・ハイド下院外交委員会委員長(共和党所属)は、小泉首相が訪米後に靖国神社参拝を計画していると知り、米議会演説をしたいという小泉首相の希望を拒否した」という趣旨を述べている。つまり、小泉首相が米議会で演説を出来なかったのは靖国参拝があったからというのである。

こうした見解は日米の専門家や実務者の間で広く共有されていた。特に、麻生副総理が訪米した際に、「靖国参拝はない」と約束した直後に、安倍首相が靖国神社を参拝したバイデン副大統領の怒りは激しく、「安倍と麻生に騙された」と激怒していたという。

実際、ホワイトハウスの「失望した」声明はバイデン氏の強い要求で出されたという。そして、バイデン氏は、副大統領とともに上院議長を兼務しており、議会経験の少ないオバマ大統領に代わって議会対応を一手に担っていた。それだけに、安倍首相の米議会演説は誰しもが諦めていた。何しろ、あの小泉首相ですらできなかったのである。

しかし、総理補佐官である河井克行(写真、Wikipdiaより)は諦めずに動いていた。

彼は2013年頃から何十回と訪米し、特に議会関係者と関係を深めていたが、その議会人脈で根回しをしつつ、バイデン氏の側近中の側近であるサリバン副大統領補佐官と面会し、説得を重ねた。そして、その際は安倍首相からのバイデン氏への異例の親書を手渡した。そして、ここで、バイデン氏の頑なな気持ちをほぐす第一歩となったのである。

その親書には、「日米関係に尽力されているサリバン副大統領補佐官と、私の信頼する河井克行議員との間で緊密な意見交換が続けられ、貴副大統領の日米関係に対する理解が深まっていることを非常に嬉しく思っています。」(出典 山口敬之「総理」幻冬舎、p208)との記載があった。

その後、バイデン氏は安倍首相の議会演説に賛成し、しかも内容について「アジア諸国に共感を示したことに最も好感を持った。首相は日本側の責任を非常に明確にした。歴史問題に対して非常に率直な演説であり、理解されるだろう」と大いに評価した。まさしく180度真逆の方針転換へと仕向けることに成功したのだ。

華やかな外交舞台の裏には、地味な根回し、ロビイングが不可欠であり、表面的な現象だけにとらわれていては正確な政治的評価はできない。今回の場合は、副大統領を含む米議会への根回しをした河井の“静かなる功績”があったといえる。今後の安倍外交を占う上で、河井補佐官の動向は注視したいところだ。

 

佐東 正浩

1980年1月5日、神奈川県川崎市生まれ。参議院議員秘書を経て、仏具店に勤務。現在はフリーの流通コンサルタントとして活動中。政治的には、旧みんなの党支持。