経営者の時間配分

岡本 裕明

バンクーバーのある駐車場運営会社の社長さん。地元では最大手の一角だろうと思います。この会社が最近新しく取得した駐車場施設の運営現場で社長さんが陣頭指揮を執っています。それこそ、駐車場の看板付けから掃除業者への指示、パトロールするスタッフへの入念な注意まで含め、ほとんど一人で奮闘しています。この会社は本部にしかるべき役職者が並び、現場も支店長、現場責任者をはじめ、スタッフは過剰なほど配備されていますが実際に細かく指示しているのは社長さんであります。

よく知るこの社長さんに「なぜ?」と聞けば「新しい現場はまず自分が100%理解することで部下に指示ができる」と。素晴らしい考え方です。カナダでなかなか大きな会社の社長が現場で走り回っているのを見ることはありません。想像ですが、ひと月ぐらいの間に自分のカラダにその現場の状況を叩き込み、あとはスタッフにガンガン指示を出して経営していくのでしょう。このやり方の優れているところは社長主導で初めのセットアップができていますからかなり高いレベルのスタートが切れるし、各現場の特徴、将来的な懸念材料を素早く察知し、頭の中にリスクファクターとして計算することができます。

孫正義氏へのインタビュー記事で氏の時間配分に関してなるほどと思う記事があります。「いままで半分くらいの時間をスプリントに注ぎ、残りはその他に割いていた。今後は45%くらいがスプリント、45%はアーム関連に費やしたい。国内通信は宮内謙副社長に権限を委譲したい」と。つまりある程度成熟部門となっている国内の携帯事業などについては既存組織に任せ、自分は懸案のスプリント、そして新規買収のアームを軌道に乗せるために全力を尽くす、というものです。

孫氏が並みの能力ではないのはスプリントとアームという巨大な企業をそれぞれ45%ずつの時間で対応出来るというところでしょうか?これは普通に仕事ができる社長の2倍の能力があるといってもよいでしょう。だからこその孫正義氏の築いたソフトバンク帝国があるわけですが。

私の会社は現在6部門ぐらいありますが、そろそろ新たなことをやりたいな、と思っています。1部門を立ち上げて安定化させるのに2-3年ぐらい要します。私も新規事業をやる場合、まず、自分の時間の余裕度をチェックします。手持ち事業が安定的で特段テコ入れ等が必要ないとすればだいたい自分の全業務時間の半分ぐらいまでは新規事業に振り当てています。立ち上げのころはもしかしたら7割ぐらいかもしれません。が、時間の経過とともにそれが4割、3割と下がっていきます。それはスタッフへの業務移譲が進むと同時に問題の解決が収まってくるからであります。

過去、新規事業を立ち上げてきた経験の中で当初計画通りコトが進んだことはまず皆無であります。実際にやりながら問題点を潰し、始めてから気が付いたことを受けて軌道修正し、市場のニーズとのすり合わせをするからです。先日のブログで日本企業は計画にばかり時間を費やすということを書かせて頂きました。

多くの企業は組織で動くため、一旦立てた計画をそうコロコロ変えると組織が右往左往してしまいます。ところが私の会社の場合、少人数で自分が陣頭指揮をとりますから事前予想がつかなかったことをどんどん取り込み、計画書を書き換えることができます。アメリカの起業家たちが計画が7割の段階でスタートする、と言いますが、その通りで誰も将来のピクチャーなど描けるわけないのです。むしろ見えないピクチャーに自信たっぷりの推測をすること自体がナンセンスであるともいえましょう。

逆に言えば、経営者にとって時間的余力があるかどうかが新規事業への投資の決定要因となるとも言えます。こういうと「経営者に時間の余裕があるわけない」とお叱りを受けるかもしれません。が、余裕がない経営者は既存事業がうまくいっていないか、過剰競争状態で常に必要以上の対策を打ち続けなくてはいけない場合か今以上に忙しくしたくない、リスクを取りなくないというサラリーマン社長であろうと察します。

専門の深堀については私は部門長にやらせるべきだと思います。経営者の仕事は何か、と言えば組織を使い、既存事業を安定化させ、新規事業をやり、会社を成長させることです。それには世のトレンドを読み込み、会社としての事業投資方針を常に考え続けることではないでしょうか?

日本の上場会社にもいろいろありますが、会社によっては全く成長しないところもあるものです。こういう会社はコストカット等内部の効率化を通じて一定の利益改善を行うことを繰り返しています。この傾向が強い会社として一定のマーケットシェアを持ち、それなりの利益が出ているコンサバな会社が多いように見受けられます。

会社として体をなす利益が出続けていればいいのではないか、という意見もあるかもしれませんが、私は「会社は成長してなんぼ」だと思います。成長意欲がないのはいつまでもインフレにならない日本の体質にそっくりです。

ニッポン株式会社は社長さんの時間配分に秘訣あり、かもしれません。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、みられる日本人 8月5日付より

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。