【映画評】ストリート・オーケストラ

バイオリニストのラエルチは、オーケストラの選考に落ちてしまい、生活に困窮したため不本意ながらスラム街の学校で音楽教師を始める。しかし教室は屋根もなく、生徒は、意欲的なサムエル以外は、皆、やる気もなく問題児ばかりだった。それでも、ラエルチが、楽譜の読み方などの基礎を根気よく教えると、生徒たちは音楽の楽しさを実感するようになり、めきめきと腕を上げる。やがてラエルチと生徒たちの間に信頼関係が生まれるが、校長から次の演奏会で最高のパフォーマンスをしなければ学校の存続は難しいと告げられる…。

挫折したバイオリニストと劣悪な環境で暮らす子供たちが音楽を通じて心を通わせる、実話をもとにしたブラジル映画「ストリート・オーケストラ」。バイオリンを通じて教師と生徒が交流する実話といえば「ミュージック・オブ・ハート」がすぐに思い浮かぶが、本作の舞台は、世界でも指折りの治安の悪さを誇るブラジルのスラム地区だ。音楽への情熱よりも生きることに必死な状況は、きれいごとだけでは乗り切れない。

劣悪な教育環境、先が見えない貧困、蔓延する犯罪。しかもこの映画は、実際にスラムでロケ撮影を行っているというから、映像からは危険な真実味がにじんでいる。こんな環境でバイオリンなんてやってる余裕があるのだろうか?と本気で心配してしまうが、ラエルチ先生の見事なバイオリン演奏が襲ってきたギャングを黙らせたり、ギャングの恐ろしさを知る生徒たちがそのことを知って音楽の力を実感したり…と、犯罪と音楽が荒々しく同居している様子には、ブラジルという国の懐の深さを感じてしまうのだ。

才能あふれるサムエルと、実はサムエルに勝るとも劣らぬ才能を持つ問題児のVRが、スラムを見下ろしながら演奏するシーンは、心に残る。だが、演奏会を目指して頑張るラエルチと生徒たちには、思いがけない運命が。悲劇を乗り越えての演奏会は感動的だ。映画は、エリオポリスという巨大なファヴェーラ(スラム)で生まれた交響楽団の誕生物語をモデルにしたという。物語の細部は甘く、生徒たちが抱える問題の行く末もはっきりとは描かれないなど、ストーリーは少々“雑”。それでも、クラシックだけでなく、ブラジルのポップスやラップ、サンバなど、ジャンルを飛び越えた音楽の共存が、本作のリアルな魅力となって伝わってきた。
【60点】
(原題「THE VIOLIN TEACHER/TUDO QUE APRENDEMOS JUNTOS」)
(ブラジル/セルジオ・マシャード監督/ラザロ・ハーモス、カイケ・ジェズース、エウジオ・ヴィエイラ、他)
(希望度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年8月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。※画像は公式サイトより引用