人間に「自由意志」はあるか

脳神経学者には、「人間には自由意志はない。それは幻想に過ぎない」と考える学者グループと、「自由意志があり、責任もある」と受け取る学者たちがいる。すなわち、脳神経学者の間で自由意志の有無についてコンセンサスがまだ見つかっていないわけだ。
独週刊誌「シュピーゲル」最新号(8月20日号)は科学欄で著名な脳神経学者、リューダー・デーケ教授(Lueder Deecke)をインタビューしていた。その内容を紹介しながら、自由意志について少し考えてみた。

1960年代、独フライブルク大学で2人の脳神経学者ハンス・ヘルムート・コルンフーバー教授と当時ドクトル試験受験者だったデーケ教授が実験を通じて人間が随意運動をする直前、脳神経に反応が見られることを発見した。これは Bereitschaftspotential(BP,英Readiness potential)と呼ばれる。この発見はその後の脳神経学の研究に大きな影響を与えた。

具体的には、脳神経学者には、デーケ氏らが発見したBPの存在について、人間に自由意志があることを証明するのか、それとも神経細胞(ニューロン)の自律的反応に過ぎないのかで解釈が分かれていった。

「人間は無意識によって操られている存在」と解釈する脳神経学者が出てきた。米国の心理学者ベンジャミン・リーベト(Benjamin Libet)やドイツのゲルハルト・ロート(Gerhard Roth)やヴォルフ・シンガー(Wolf Singer)らは、「人間はマリオネットのような存在だ」「遺伝素質、環境、教育、化学、神経網などで動かされている」という決定論者的な解釈を取った。

デーケ教授はシュピーゲル誌のインタビューの中で、「われわれの実験結果が間違って受け取られた。われわれは人間の脳は単なる受信機的な受身機能だけではなく、自発的な決定を促す部分があることを実証したかった」と説明している。
ちなみに、2人の脳神経学者は著書『意志と脳』の中で、歴史的な観点から意志を検証し、心理学、神経学の意志、人間の進歩と意志の関係などを詳細に記述している。この分野の古典だ。

自由意志の有無は脳神経学者や心理学者にとって重要なテーマだが、それだけではない。哲学、神学、法学など多くの分野でも大きな課題だ。例えば、フランス人の神学者ジャン・カルヴァンは「全ては神によって事前に決定されている」という「完全予定説」を主張している。

興味深い点は、人間をマリオネットに過ぎず、自由意志が存在しないとすれば、その人間が犯罪を犯した時、刑罰に処することができるかという問題が出てくる。脳神経学者の「人間には自由意志がない」という主張が一時期、米国の司法界にも一定の影響を与えたことがある。その結果、脳神経の欠陥という理由で多くの犯罪者が刑罰を逃れるケースが出てきた。最近は、脳神経学者の主張は依然実証されていない見解に過ぎない、という受け取り方が支配的となっているという。

ところで、ベルリンの脳神経学者 John-Dylan Haynes 氏は信号の実験を通じ、無意識の決定に対し意識が拒否するメカニズムを証明し、人間が単なる無意識の世界に操られた存在ではないと主張している(「シュピーゲル誌」2016年4月9日号)。
人が信号の前にいる。次は「青」になると考えた人はアクセルを踏む。その瞬間、信号が「赤」に変わる。人は自身の無意識の人質となり、身動きができなくなる。そこでこの状況を打破するために、人は無意識がもたらした行為をストップするというのだ。“Free Unwille”という内容だ。政治学的に表現すれば、人は自身の無意識の決定に対し、“拒否権”を有しているというわけだ。

なお、デーケ氏はシュピーゲル誌とのインタビューやさまざまな講演の中で、「人間は本来、自由意志を持った存在だが、その意志は完全には発展していない。自由意識を成長させるために努力を繰り返し、正しく訓練していけば、自由意志は次第に完全なものとなっていく。逆に、自由意識を悪用すれば、その自由意志はその力を失い、最後には人間は無意識の世界の虜となっていく」という趣旨の内容を語っている。デーケ氏の指摘は非常に啓蒙的だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。