【映画評】君の名は。

渡 まち子
新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド

千年に1度のすい星来訪が、1か月後に迫る日本。山深い田舎町で暮らす女子高生の三葉は、父親の町長選挙や家系の神社の古い風習にうっくつとし、都会に憧れる日々を送っていた。ある日三葉は、自分が東京に住む男の子になっている夢を見る。一方で、東京に暮らす男子高生の瀧も、行ったこともない山奥の町で自分が女子高校生になって暮らしている夢を見ていた。二人の身体が入れ替わることが繰り返される不思議な夢。だが明らかに記憶が抜け落ち、時間がねじれている。戸惑いながらも現実を受け止める二人だったが、ついに瀧は三葉に会おうと決心する…。

高校生の男女の身体が入れ替わり、やがてその不思議な体験を通して成長していくファンタジー「君の名は。」。新海誠監督といえば、その独特の世界観で国内外で高い評価を得るアニメーション作家だ。繊細で文学的なセリフ、切なくみずみずしい恋、登場人物の思いに寄り添う心象風景としての緻密な背景。これらは過去の新海作品に共通だが、本作の美しい背景、とりわけ美麗な空の描写は今まで以上に秀逸で、実写と見紛うばかりだ。

「君の名は」とはすれ違いメロドラマの名作として名高いラジオドラマのタイトル。だが本作「君の名は。」のすれ違いはそう単純ではない。ストーリーは「転校生」ばりの入れ替わりのファンタジーから、やがて宇宙規模の壮大な物語へと昇華していく。この飛躍ともいえる広がりには正直驚いてしまったが、ディテールがしっかりしているので、ファンタジーながらきちんとついていけるはずだ。そこに覆いかぶさるのは、3.11を彷彿とさせる大災害に見舞われる悲劇と、それでも続く人生の機微である。三葉と瀧の物語では、かけがえのない日常と、町まるごとの存亡をかけた大規模な攻防が、ゆっくりと、しかし確実に交錯していく。千年に一度のすい星の到来は、吉兆か、それとも吉凶か。二人の恋の行方は果たして…。

日本の歴史の分岐点になった3.11は、ある日突然すべてを奪いとる無慈悲な大災害の存在を記憶に刻み込んだ。だが悲しい記憶とは、それを忘れるのではなく、喜びの記憶と同じ重さで背負っていくべきなのではないだろうか。わけもなく涙が流れ、何かを失いたくないと切望し、大切な何かが心に蘇る。この映画は、今の時代を生きるものたちへの、力強くて優しいエールだ。ビジュアル、ストーリー、メッセージ。すべてにおいて日本のアニメーションの底力を見せつけた傑作である。
【85点】
(原題「君の名は。」)
(日本/新海誠監督/(声)神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、他)
(切なさ度:★★★★★)


編集部より:この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。