“奇跡”はどのようにして作られるか

“貧者の聖人”と呼ばれた修道女マザー・テレサは9月4日、列聖された。テレサ自身が聖人 入りを願っていたかは分からないが、南米出身のローマ法王フランシスコは世界的に著名な修道女を列聖したばかりだ。例えれば、列聖入りは米大リーグでいえ ば、殿堂入りを意味するもので、神に仕える者が願うことができる最高の立場だろう。

▲イタリアのベルガモのヨハネ23世博物館(2013年9月26日、ヨハネ23世博物館で撮影)

ちなみに、聖人の前段階には福者と呼ばれる立場がある。列福された人物が列聖へ進む。そして福者や聖人になるためには各段階で2件の奇跡(ヨハネ23世 の場合、フランシスコ法王が奇跡調査を免除)が実証されなければならない。バチカンはそのために奇跡を検証する委員会を設置し、数年間をかけて調査する。 そのハードルをクリアした人物だけが、福者、聖人クラブ入りできるわけだ。

ところで、バチカンとはいえ、生の人間が調査するわけだから、その福者、聖人手続きプロセスでさまざまな不明瞭なことが生じることがあるし、過去、実際あった。例えば、奇跡を調査する医療関係者への謝礼から、奇跡の証人の信ぴょう性まで、不審な点が囁かれたことがある。
そこでバチカンは23日、新しい奇跡調査に関する規約を作成し、このほど公表した。ローマ法王フランシスコのバチカン改革の一つといえる。奇跡鑑定でこれまで曖昧だった点を明確にする一方、その手続きプロセスの透明化を促進する狙いからだ。

奇跡の認知に関するこれまでの規約は1976年版で、1983年一部改正して今日に至る。列聖省次官のマルチェッロ・バルトルッチ大司教は「40年前の 規約であるから、今日に適応できない点もある。そのため、2、3の改正が不可欠となった。改正の焦点は奇跡に対する疑惑を払拭する処置の強化だ」と説明し ている。

カトリック教会には奇跡が常に必要だ。亡くなった信仰の模範者への崇拝が消滅しないようにするため、バチカンは列福と列聖の手続きを実施するわけだ。そ こで関係者が高い徳の持ち主であり、その人への崇拝心は合法的であることを確かめることになる。その証拠として関係者が行ったといわれる奇跡が出てくる。 バルトルッチ大司教によると、聖性に関する人間的な評価を検証する“神の指針”というわけだ。

中世時代は奇跡的な出来事だけで、その人の名誉を高めることで十分だった。しかし、12世紀、13世紀に入ると、奇跡の検査手続きが行われ出した。ミラ ノ大司教カルロ・ボッロメーオ の列聖(1610年)の場合、医学者による検証が初めて行われた。1743年のバチカン公文書の中には、医学専門家評議会が常設委員会として初めて登場し ている。

1917年の教会法には超自然な出来事を奇跡と認定する神学的な評価は科学的な検証後に行うと明記されている。この内容は今日まで適応されてきた。自然科学者は事実を語り、その意味解きは神学の課題となった。

23日に公表された新しい鑑定委員会の規約は鑑定の公正さの強化だ。焦点は奇跡の中でも最も多い“説明できない病の治癒”現象に対してその真偽を検証す る固有の専門家委員会の設置だ。医学鑑定者の任期5年間、バチカン列聖省長官によって任命される。そのメンバーの再選は一度だけに限定する。

専門家の課題は自称説明できない治癒について科学的鑑定を作成し、疑問や批判点について説明する。鑑定のやり方は、2人の専門家が独立して調査し、その 奇跡が医学の常識や経験と一致していないと判断された場合、7人、少なくとも6人の医学者で討議する。そして5人、ないしは4人の専門家が「この治癒は説 明できない現象だ」という結論になった場合、次は神学が介入する。

逆に、最初の2人の鑑定家が「そうではない」と判断した場合、第3の鑑定人が調査し、同じ意見だった場合、その列福、列聖手続きは停止される。ただし、 鑑定家の意見が割れた場合、列聖省は別の鑑定家に依頼できる。奇跡の検証には通算3回の鑑定チャンスがあるが、それ以上はない。

バチカンは列福、列聖プロセスに関わる医学者や関係者に影響を行使してはならない。関係者への接触は禁止されている。新たな関連文書の提示は列聖省事務 局を通じてしか許されない。最後に、鑑定人への謝礼の支払いは将来、銀行口座を通じてしかできない。現金の譲渡は禁止される。

以上、オーストリアのカトリック通信(カトプレス)を参考にして紹介した。

バチカン列聖省は、「40年前の規約は現代に合致しない面も出てきた」として、新しい規約を作成したわけだが、少し穿った見方をすれば、ローマ法王ヨハ ネ・パウロ2世(在位1978~2005年)、ヨハネ23世(在位1958年10月~63年6月)、そしてマザー・テレサなど教会の著名な人物の列聖が終 了した後に今回の新規約が公表されたが、どうして“その前”ではなかったか、という点が疑問として残る。特に、27年間、近代法王として最長の在位期間を 誇ったヨハネ・パウロ2世の列聖がその死後9年という最短期間で完了したが、なぜ、急がなければならなかったかという点だ(「4人のローマ法王と『列聖式』」2014年4月22日参考)。

バチカン側は「鑑定人への謝礼が銀行払いに一括された」という点をあたかも些細な改正に過ぎないというばかりに最後に付け足して説明していたが、ひょっとしたら、この点はバチカンの列福、列聖プロセスで常に大きな問題だったのではないだろうか。

いずれにしても、バルトルッチ列聖省次官が言うように、「カトリック教会は奇跡が必要であり、福者、聖人が不可欠だ」という点は間違いないだろう(「『聖人』と奇跡を願う人々」2013年10月2日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。