【映画評】白い帽子の女

渡 まち子

1970年代、アメリカ人小説家ローランドと妻ヴァネッサは、バカンスで南仏の海辺のリゾートホテルを訪れる。夫は毎日カフェに通いつめ、妻はほとんどホテルの部屋から出ることはない。ある不幸な出来事から夫婦の間には大きな溝が出来ていて互いに心の傷を抱えていたのだ。そんな時、ハネムーンで若いフランス人カップルが彼らの隣室に滞在する。妻のヴァネッサは自分たちとは何もかも対照的な幸せなカップルを嫉妬のまなざしでみつめるが…。

過去の不幸な出来事から心が離れてしまった夫婦の愛と葛藤、再生までをみつめるドラマ「白い帽子の女」。本作の日本公開を前にして、アンジーとブラピのビッグ・カップルの電撃離婚という大ニュースが飛び込んできて、もっぱら話題はそちらにいってしまった感がある。しかし、彼らのリアルな破局のニュースを知ってこの作品を見ると、ブランジェリーナ最後の夫婦共演、問題を抱えた夫婦がそれぞれの心の傷に向き合う物語、美しいがどこか寂しく世間から忘れられたような海辺の風景と、深読み要素たっぷりの内容に思えるのだ。

1970年代の南仏という設定だが、映画そのものも、まるで70年代の仏映画のように、良くも悪くもノスタルジックである。携帯が存在しない時代の海辺のホテルは、世界から隔離された密室のようなもので、どこにも逃げ場がない。ホテル、カフェ、小さな入り江しか登場しないこの映画は舞台の会話劇にも似た濃度があるが、そこに開放感と人生の意味を示すのが、ヴァネッサがホテルの部屋から眺める漁師の存在だ。朝、広い海に毎日小舟で漕ぎ出しては、ほとんど収穫もなく、夕方に戻ってくる。漁師の顔は見えないので普遍的な人間の象徴だろう。人生とは、沖に出てまた戻る行為の繰り返し。しかしそこには、小さな喜びや確かな満足を感じる日がきっとある。同時に、悲しみや痛みに折り合いをつける術も学んでいくのだ。

戻る場所があるという幸福をかみしめながら。アンジーの監督作は過去2作とも、戦争(内戦)の悲劇を描いた社会派ドラマだったが、本作は夫婦の危機という非常にパーソナルな内容でまったくテイストが異なる。本作からアンジェリーナ・ジョリー・ピットとクレジットされていること、心がすれ違う夫婦の再生のドラマを描きながら現実では破局へと至ったことなどを考えると、アイロニックなムードが色濃く漂う。映画はいつでも、現実を取り込みながら物語を語るメディアなのだということを痛感してしまった。
【65点】
(原題「BY THE SEA」)
(アメリカ/アンジェリーナ・ジョリー・ピット監督/ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー・ピット、メラニー・ロラン、他)
(すれ違い度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年9月26日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は日本版Facebook公式ページより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。