金融政策は万能ではない

久保田 博幸

日銀の黒田総裁は30日、カナダ銀行・日本銀行共催ワークショップの挨拶で「多くの中央銀行が各々に与えられた責務を果たすために、様々な課題に直面しているということ、そして、中央銀行が万能ではないということもまた事実です」と述べた。

これについて私はあえて異を唱えたい。中央銀行はその業務のほとんどを占める日銀ネットなどの金融インフラや銀行の銀行としては万能であるべきである。ただし、金融政策については万能ではない。これはまさか異次元緩和から3年以上経過してやっとわかったことではないと思いたいが、金融政策は万能ではないことを前提に行うべきであり、後戻りできないほど深追いすべきものではない。しかし、それを日銀は少しやり過ぎた。それには金融政策は万能であるとの思い込みが前提にあったためではなかったのか。

30日に20、21日に開催された「金融政策決定会合における主な意見」が公表された。このなかの金融政策運営に関する意見の総論では、「金融政策の新しい枠組みを採用し、必要な施策をしっかりと進めていくことが適切である」とあった。何故、あれだけのことをしておきながら「新しい枠組みを採用」しなければいけなかったのか。

「金融緩和政策のパラダイムシフトとして適切なものであると考える」ともあるが、異次元緩和そのものがパラダイムシフトを狙っていたのではなかったのか、それは結局、失敗したということになるのか。

「新しい枠組みでは、その有効性や副作用を不断に確認し、2%目標の実現に必要であれば、枠組みの修正も含め、柔軟に対応すべき」との意見もあり、このあたりが今回の長短金利操作付き量的・質的金融緩和(QQE+YCC)の本来の狙いと思われる。特に「副作用」や「柔軟」がキーワードとなろう。

「潜在成長率を引き上げてこそ、自然利子率が上昇し、名目金利体系も正常化する。そうした観点からも政府による成長力強化の取り組みが重要である」

アベノミクスは日銀の大胆な緩和以外にあと2本の矢があったように思っていたが、どうやら元々なかったようだ。

「マイナス金利と国債買入れによって、イールドカーブ全般に影響を与えることが確認できた。今後は金融機関収益にも配慮しつつ、目標とする長期金利の水準を決めて、イールドカーブをコントロールすることが考えられる」

イールドカーブは大胆な金融政策で急激にフラット化してコントロールできることが実証されたとの認識のようだが、コントロールできることがわかったので、それではスティープ化させて物価目標達成させるというのであれば、いったいフラットニングとスティープニングのどちらが効果があるというのか。そもそもイールドカーブの形状でどのようにして物価が動かせるというのであろうか。

「イールドカーブ・コントロールを中心とする新しい枠組みは、従来の枠組みに比べて、経済・物価・金融情勢の変化に応じてより柔軟に対応することが可能であり、政策の持続性も高まるものと考えられる。」

イールドカーブ・コントロールの目的は物価目標達成に向けてというよりも、金融機関への配慮とともに政策の持続性が目的であるというのであれば、それはそれで納得できる。しかし、そのように主張もできないのであろう。

「毎回の金融政策決定会合で設定する長期金利の操作目標を実現するため、国債買入れ額が増減することは当然生じうるが、こうした金額の変化が政策的なインプリケーションを持つものではないということは、しっかり説明していく必要がある」

政策的なインプリケーション(意味合い)以外の何ものでもないと思う。

「ゼロ%程度という 10 年金利の操作目標は、次回会合までの調節方針であり、長期金利を将来にわたってペッグする趣旨ではない。毎回の会合で最適なカーブの形状を判断していく」

ということは、決定会合毎に長期金利の操作目標が変化するのかもしれない。それが追加緩和とかの政策変更といえるものになるのかも興味深い。

「現状程度の国債買入れを続けるなかでは、期間10年までの金利を新たなフォワードガイダンスのもと、マイナス圏で長期間固定することになりかねず、金融仲介機能への影響が懸念される」

イールドカーブのスティープ化は金融機関の運用面に配慮したものとみているが、長期金利をゼロ程度にすると、それより短い金利はマイナスで長期間にわたり固定されてしまうリスクがある。これはその通りだと思う。

「イールドカーブ・コントロールのもとで、狙い通りに国債買入れペースが低下して、政策の持続性が高まるかは不確実であり、長期金利上昇などを受けて逆に買入れペースが高まるリスクが相応にある。また、指値による国債買入れオペなどの導入は、市場機能を著しく損ねる恐れがある異例の措置である」

今回のフレームワークの修正が緩和に前向きな姿勢を維持したままでのものであるため、今後はこのような矛盾が出てくるであろうこともたしかである。

「金融政策には効果が現れるまでにラグがあることを踏まえると、実際に2%を超えるまで金融緩和を続けるというのは、極めて強いコミットメントである。」

そもそも異次元緩和からもう3年以上も経過しており、タイムラグどころではないと思うが。

「オーバーシュート型コミットメントは現実的な目標設定でなく、予想物価上昇率を引き上げる効果も期待できない」

その通りである。金融政策は万能ではない。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。