アジアと欧米で落差激しい新聞発行部数

「ワールド・プレス・トレンズ」を報告するペイレーニュ専務理事(WAN-IFRA)

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」9月号掲載の筆者記事に補足しました。)

去る6月12日から3日間、南米コロンビアのカタルヘナで、世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)による第68回世界ニュースメディア大会が開催された(ちなみに、かつては「世界新聞大会」と称していた。「ニュースペーパー」が今は「ニュースメディア」に変わっている)。参加者は約700人のメディア幹部だ。

大会のハイライトを紹介したい。

「自由のための金ペン賞」はロシアの新聞へ

報道の自由を振興するために毎年贈られる「自由のための金ペン賞」。今年の受賞者はロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリ・ムラトフ編集長となった。ノーバヤ・ガゼータは、現在のロシアで権力者に対して批判的な報道を全国的な規模で行うことができる唯一の新聞と言われ、汚職、人権侵害、権力の乱用などについての調査報道で知られる。(英語版もある。)

(ノーバヤ・ガゼータのウェブサイト)

同紙は1990年、ムラトフ氏と約50人のジャーナリストが立ち上げた。「正直で、権力から独立し、質の高い」新聞を作るのが目的だった。創刊からこれまでに、報道の報復としてあるいは原因不明の理由で6人の記者が殺害されている。編集部員の多くが何らかの脅しを受けるのは日常茶飯事だ。最も著名な例がチェチェン問題を鋭く追ってきたアンナ・ポリトコフスカヤ記者の殺害だ。2006年10月7日、同記者は住んでいたアパートのエレベーターの前で射殺された。誰が射殺を命じたのかは分かっていない。

「ワールド・プレス・トレンズ」発表

毎年大会開催中に発表される、世界の新聞界の状況をリポートする「ワールド・プレス・トレンズ」によると、世界中で紙の新聞を読んでいる人は約27億人。総発行部数(7億1878万部)は前年比で4.9%増加し、5年間の比較では21・6%増。これはインド、中国他のアジア地域での増加が貢献しているためだ 識字率の向上、経済成長、1部売りの価格の安さなどが理由だ。世界中で発行されている紙の新聞の中で、インドと中国の2カ国での新聞の発行部数が占める割合は2015年で62%に上る。前年は59%だった。

地域別にみると、アジアでの部数は前年よりも7.8%増。ほかの地域はすべて減少した。

減少率の低い順から見ると、北米(2.4%減)、ラテンアメリカ(2.7%減)、中東とアフリカ地域(2.6%減)、欧州(4.7%減)、オーストラリアとオセアニア地域(5.4%減)。5年間の比較で見ると、アジアは38.6%増であったのに対し、中東とアフリカ地域は1.2%減、ラテンアメリカが1.5%減、北米が10.9%減、欧州が23.8%減、オーストラリアとオセアニア地域が22・3%減。

増加組のアジア地域と減少の度合いがきつい欧米+オーストリア・オセアニア地域との落差が激しい。

2015年における世界の新聞社の総収入(広告と購読料の合算)は推計1680億ドル(約17兆円)。前年より1.2%減、過去5年間で4.3%減となった。14年に続いて購読料収入(900億ドル)が広告収入(780億ドル)を上回った。今後も前者が上回る傾向が続き、その差はどんどん開いてゆく見込みだ。

新聞社の収入の92%は紙媒体から生じている。世界の7つの大きな新聞市場は米国、日本、ドイツ、中国、英国、インド、ブラジルで、この地域の国の収入が全体の半分以上を占め、日刊紙の発行部数の80%を占める。

比率としてはまだ微少だが電子版の売り上げは二ケタ台の伸びを見せた。2015年(30億ドル)は前年より30%増、5年間では547%増だ。多くの地域で、紙媒体の発行減で失われた収入を補填するところまで来ている。調査対象となった国の中では、5人に1人がオンラインニュースを有料で購読していた。

モバイルへ

2015年、世界のスマートフォン出荷量はこれまでで最高記録の14億台に達した。世界の人口の30%近くがスマホを所有している。

モバイルの成長はニュースメディアにとって大きな機会となっている。米国では80%が、オーストラリアやカナダでは70%がデジタル機器でニュースを読む。米新聞協会の調べでは、米国で新聞をデジタルで読む人の半分がスマホやタブレットなどをデジタル機器で利用している。

コムストアによると、米国のデジタルメディアの首位10サイトで37%のオーディエンスがモバイルのみでアクセスしており、31%がモバイル及びデスクトップでアクセスしていた。フランス、ドイツ、日本、オーストラリア、カナダでは、成人人口の3分の1がモバイルでニュースに接しており、この比率は急速に伸びている。

デスクトップを使うオーディエンスは継続して減少している。米国、カナダ、英国、イタリアではスマホを使ってネットを利用する時間がデスクトップを使った場合の時間を超えている。

スマホやタブレットがより利用されることになったことで、データを利用するサービス、例えば動画視聴が増えている。シスコが予測したところによれば、2019年までにモバイルによるデータ利用は年間66%増加する。16歳から34歳では95%が動画を視聴し、55-64歳で10人中8人が動画を視聴する。

フェイスブックで動画を視聴する人は世界で90億人、スナップチャットでは80億人、ユーチューブでは40億人に達している。

米国でアプリ利用の75%はモバイル機器による。コムストアによれば、トップ5のアプリが利用者の滞在時間の88%を占めている。スマホ利用者の大部分はソーシャルメディアやエンタテインメント関連のサイトに時間を使っている。

広告市場は

新聞のデジタル広告の収入は全体からするとまだ小さいが、2015年(93億ドル)には前年比で7・3%増加している。5年間の比較では51%だ(PwCグローバル・エンタテインメント・アンド・メディア・アウトルウック2016-2020による)。

デジタル広告収入の拡大で最も恩恵を受けるのは、相変わらずソーシャルメディアやテクノロジーの会社だ。グーグルが最大で、検索やユーチューブの収入を合わせて670億ドルを稼ぐ。

フェイスブックの広告収入の80%(約130億ドル)はモバイル機器から生じている。中国ではTencentやBaiduが圧倒的な位置を誇る。

2015年、すべての業界のネット広告の収入は1700億ドルに上ったが、世界中で広告ブロックを使う人が増えており、今後どのように推移するかその先行きは不透明だ。

広告ブロックについての調査会社ページフェアによると、モバイル・ウェブ上で広告をブロックする人は4億1900万人に上る。これは19億人のスマホ利用者の中で22%に当たる。2015年、モバイル広告のブロッキングは前年よりも90%増加した。

プログラミング広告は急速に伸びており、欧米などの成熟した市場ではデジタル広告の半分が自動的にトレードされるようになっている。WAN-IFRAは警告を発している。自動トレードされる広告は出版社、消費者、広告主に恩恵をもたらすかもしれないが、アルゴリズムの生成には信頼性、文脈、設計に考慮すること、質を高めることが重要だ、と。そうでないと、ブランドに損害を与え広告価格を下げることにもなりかねないからだ。

世界の広告市場を媒体別に見ると、最大はテレビの37%。これに続くのがデスクトップやモバイルのインターネット(30%)、新聞(12.7%)、雑誌(6・5%)、戸外及びラジオ(0.7%)、映画(0.6%)の順となった。

紙媒体の広告収入は世界全体で7・5%減少し、5年間の比較では24%減。1990年代半ば以降、ネット広告は紙媒体の減少を補う形で伸びてきた。2015年には前年比18.7%増、5年前からは102%増。

紙の新聞の広告収入が増加したのはラテンアメリカのみ(0.3%増)で、他の地域はどこも減少した。オーストリア・オセアニア地区(15.5%減)、アジア大西洋地区(9.7%減)、北米(7.2%減)、欧州(6.2%減)の順となった。

ニュースメディアが生き抜くにはどうするか。

WAN-IFRAのヴィンセント・ペイレーニュ専務理事は「多様化」を挙げている。具体的には広告主への投資(広告主とともにより訴求力の高い広告を作るなど)、電子コマース、イベント事業を行う、メディアやオンラインのスタートアップ企業を買う、など。

生き残りへ社内改革を推し進めた仏ルモンド

フランスの左派系夕刊紙「ルモンド」(1944年創刊)は、2010年、破たんの間際まで追い込まれた。メディア環境の激変に対処できず、負債が1000万ユーロ(約11億円)に膨らんだが、ラザード銀行の銀行家マチウス・ピガッセ氏、ネットビジネスで財を成したザビエル・ニール氏、イブ・サンローランの共同経営者であったピエール・ベルジェ氏が新たに投資をすることで生き延びた。

ルモンドグループの社長となったのがルイ・ドレフュス氏だ。「イノベーションの機運を取り入れる」、「才能ある編集スタッフに投資する」、「新たなデジタル戦略を導入する」を柱として、新規まき直しを開始した。

2011年以降、ルモンドはいくつもの新しい製品、パートナーシップ、イニシアティブを繰り出してきたが、鍵はスピードだった。かつては新たな取り組みを行うのに数年かけていたが、今は3か月単位で考えている。

オフラインの新たな試みの1つは2014年から始めた「ルモンド・フェスティバル」。読者が編集スタッフと触れ合う場を提供する。様々なテーマについてのディベートが行われる。

世界ニュースメディア大会で注目されたツールとして、動画、VR(バーチャル・リアリティー、仮想現実)、メッセージ・アプリがあった。

動画活用については、最も成長度が早いウェブサイトの1つと言われるRefinery29がその実践を紹介した。

(「Refinery29」の画面)

Refinery29は2005年に米国で発足し、現在は毎月、2000本を超える記事を掲載する。ウェブサイトへの月間ユニークビジター数は2500万人。モバイルを含めたすべてのプラットフォームでは1億7500万人。電子メールの購読者は200万人だ。

収入源はブランド品のスポンサー広告が主だが、「ファッションブランドを売るためのサイト」という定義をはるかに超え、女性たちの意識を変えるサイトとして成長している。内容はファッションや美容以外に環境、政治、女性問題、ヘルス、スポーツ、エンタテインメントと幅広い。昨年11月には英国版、今年6月にはドイツ語版をローンチした。フランス語版の開設も視野に入れる。昨年の総収入は8000万ドルを超えた。

ブランド情報の拡散には「インフルエンサー」を使う。これはソーシャルメディアを通じて情報を拡散する影響力がある人物のことで、Refinery29は一定の報酬を支払っている。

動画ブームが続く中、Refinery29の動画担当者は「あまり人手もお金もかけずに取り組みたいメディアへのアドバイス」を披露した。

「鍵はなるべく簡単に自前でやってしまうこと、既存のツールやプラットフォームがあれば、それに乗ること」。

最初の頃の動画の1つは、スタッフがスケートボードをする様子をほかのスタッフが撮影し、アップロード。「すでにある機材を使って作った。特に品質が高いものでなくてもよかった」。動画は記事に付随した形で制作し、動画の後に記事のアドレスを付けた。フェイスブックのインスタント・アーティクルズにも参加。「特にマーケティング費用を使って宣伝しなくても、検索のアルゴリズムが宣伝してくれる」。ツイッターやメッセージ・アプリ「スナップチャット」の「ディスカバー」チャンネルにも参加している。

次はVRやメッセージ・アプリ

VRを利用したジャーナリズムについてのワークショップやセッションに参加してみた。

スマートフォンを段ボール製ビューアーにくっつけて360度画面を体験するワークショップでは、「ジャーナリズムにどう使えるのか、まだはっきり見えない」などの意見が出た。ワークショップのオーガナイザーによると、「VRは実験段階にあり、何をやってもよい」、「どんどんトライしてみるべきだ」という。

メッセージ・アプリや「ニュース・ボット」(自動的にニュースを収集して配信するプログラム)の活用例も複数のセッションで取り上げられた。

モバイル・アプリの利用が盛んなブラジルでは、メッセージ・アプリ「ワッツアップ」に対応していない新聞社はないという。

「メッセージ・アプリを通じて読者にリーチしないと、新聞社は生き残れない」(教育プログラム「ナイト・センター・フォー・ジャーナリズム・イン・ザ・アメリカス」の創始者ローゼンタール・アルヴェス氏)。

ソーシャルからメッセージ・アプリへ。これからのジャーナリズムの形が見えてきた。

****補足です****
メディア展望」9月号に拙稿以外に興味深い記事がたくさん掲載されています。

例えば「パナマ文書取材の舞台裏」では、この報道にかかわった共同通信の澤康臣記者の講演記録が出ています。

掲載から1か月を少し過ぎますと、ウェブサイトからダウンロードできますので、アーカイブ号も含め、ご覧ください。


編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2016年10月2日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。