金八先生を目指してはいけない

常見 陽平

 

『3年B組金八先生』シリーズが終了してから5年半の月日が流れた。32年間続いた人気テレビドラマである。武田鉄矢演じる坂本金八は、なぜ「金八先生」という名前なのか?それは、金曜の夜8時に放送されていたからだ。裏番組は『太陽にほえろ』だ。この番組の裏でTBSは苦戦を続け、金曜夜8時に放送していることをアピールするための苦肉の策だった。あまりに定着しているので、何に由来するのかに気づかないでいた人も多いことだろう。私もそうだった。

「金八先生」は「やけっぱち先生」でもあった。裏番組に対抗するために、やや過激な展開も多数あった。鶴見辰吾と杉田かおるが演じるカップルが子供を授かる、中島みゆきの「世情」がバックに流れ映像がスローモーションになる中、中学生が逮捕されるなど衝撃的な展開が話題になった。それは『太陽にほえろ』の視聴率競争にダブルスコアで勝利した後も続く。社会を反映したものだとも言えるのだけれども。

「たのきんトリオ」こと田原俊彦、近藤真彦、野村義男といったジャニーズ事務所(当時 近藤以外はその後移籍)の若手タレントが活躍したことでも知られている。これはジャニーズ事務所にとってもビジネスモデルの転換点だったという。つまり、若手タレントをドラマを通じて売るという。今年、解散を発表した国民的グループ(というラベルを背負わされたこともある意味、不幸なのだが)SMAPも、やや極論だがこのドラマがなければ誕生しなかったかもしれない。いずれも、飲みの席で先輩に教えて頂いたエピソードだ。

ただ、この「金八先生」だが、見本とするべき素晴らしい先生なのだろうか?否。やや感情に走りすぎだ。生徒のプライベートにも過度に介入しているのも気になる。問題の抱えている生徒以外とはどれだけ真剣に向き合ったのだろう。「これだけ熱心だ」というのは美談だが、教員の過重労働を物語っているとも言える。部活動をめぐる教員のブラック労働も話題になる今日このごろだ。生徒の心にのこる授業も大事だが、そもそも教え方が機能していること、まともな働き方をしていることも大切だ。もちろん、ドラマならではの演出ではあるのだが。

これに限らず、メディアで話題になる事例はベスト・プラクティスだとは限らない。ノンフィクションにおいてでも、だ。「昭和的過労死・過重労働礼賛ドキュメンタリー」と揶揄される『プロジェクトX』などはそのわかりやすい事例だと言えよう。あのように、波乱が起こり変更が相次ぐものは『プロジェクト☓(バツ)』だ。もっとも、成果が出ていることは認めなくてはならないのだけれども。


教育者、指導者とは何だろうということを日々考える。先日、頂いたこの本を読みながら、そんなことを考えていた。著者の池田範子氏は、「お教室開業支援」を行っている。開業支援カウンセリング、SNS使いこなし講座、ネットショップの立ち上げ指導などに取り組んでいる。大人気で、彼女のコンサルティングは1か月先まで予約がとれないという。この本には「お教室」運営のノウハウが惜しげもなく開示されており、開業に関わる資金や手続きのことから、コンセプト作り、生徒の募集方法など、いちいち具体的に書かれている。

小生、金八先生は目指していないが、限りなく金髪先生に近い、茶髪先生ではある。それは質の低い冗談として聞き流して頂きたいのだが・・・。教育者の端くれとして、個人的に参考になったのは、やはり生徒との向き合い方だ。納得感のあるプログラム作り、おもてなし、たとえ3名が受講するコマに1名しか申し込みがなくても真剣に向き合うことなど、基礎の積み重ねが大事だと再確認した次第だ。もちろん、金八先生も生徒とは向き合ってはいるし、キャラがたっている先生は人気を呼んだりもするのだが、あのような過剰なパフォーマンスではなく、まずは基本が大切だ。

特に「講師自体が進化する」というアドバイスが参考になった。たしかに、進化する先生のもとで学ぶと、励みになる。この先生で良かったと感じる。金八先生は、人間としてはますます円熟味を増していったが、担当教科の国語の教え方は、進化したのだろうか。問題のある生徒以外とどれだけ真剣に向き合ったのだろう。

学校での「教育」と、企業での「人材育成」は違うし、生徒、部下、子供との接し方はそれぞれ違うと思うのだが(子供だけは授かったことがないので、ここだけは実体験からは語れないのだが)、果たしてこの教え方、接し方は適切なのかと自分自身に、常に問いかけることにしよう。あなたの教え方は進化しているだろうか?


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2016年10月5日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた常見氏に心より感謝申し上げます。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。