TPPが発効すると、関税が大幅に削減され、アメリカやオーストラリアなどからの輸入牛肉・豚肉が大量に入ってくることが予想されます。その際、日本では使用が認められていない肥育ホルモン剤や塩酸ラクトパミンなど飼料添加物を使用した牛肉や豚肉の輸入が増える可能性があります。
アメリカやカナダ、オーストラリアでは、こうしたホルモン剤や添加物の使用も、使用した肉の輸入も認められています。それに対し、EUやロシア、中国では、国内での使用も、使用した肉の輸入も禁止されています。
日本では、国内での使用は認められていないのに、そのホルモン剤や添加物を使った牛肉や豚肉の輸入は認めています。こうした「二重基準」(ダブルスタンダード)の国は日本だけです。
2009年に開催された日本癌治療学会学術集会で発表された「牛肉中のエストロゲン濃度とホルモン依存性がん発生増加の関連」という研究によれば、米国産牛肉は国産牛を比べて、脂身で約140倍、赤身で約600倍のホルモン(エストロゲン)の残留が確認されています。
研究を発表した藤田医師、半田医師によれば、発がんの原因の特定は難しいとしながらも、食肉中に残留しているエストロゲンの摂取と発がん性には何らかの関係があるとされています。輸入牛肉や豚肉の消費増加と、「ホルモン依存性がん」と言われる子宮がん、乳がん、前立腺がんの増加との関係も指摘されています。
WHOのデータによると、EUでは、1989年に肥育ホルモンを使った牛肉の輸入を禁止して以降、各国での乳がんが減ったとの調査もあります。一時、マンモグラフィによる予防検診の成果とも言われましたが、マンモグラフィが主な要因とは考えづらいとの考察が、医学専門誌ブリティシュメディカルジャーナルに発表されています。
一方、厚生労働省によれば、日本における肥育ホルモンを使った牛肉の輸入は、過去10年間で5000件弱のうち2件検出され、いずれも基準以内としています。ただ、松本大臣(消費者・食品安全担当)が答弁で認めたように、一部の合成ホルモンの日本における基準は、国際基準であるコーデックスの基準より緩いものがあるのが現状です。
そもそも、国際基準とされているコーデックス基準ですが、1995年に肥育ホルモンに関する基準を決める際、33か国対29か国、棄権7という僅差の投票で決めた経緯があります。科学的な分析に基づくというより、国際政治のパワーゲームの中で決まったものと言えます。
一方、日本の畜産農家は、肥育ホルモン等に頼ることなく畜産を営んでいます。それに対して、アメリカ、オーストラリア、カナダでは肥育ホルモン等を使用し、効率的な畜産を行っています。成長が圧倒的に早いし、また、飼料添加物を使えば豚一頭で12kgの飼料が節約できるとの試算もあります。競争条件を同じにするためにも、EU同様、肥育ホルモンを使用した牛肉等の輸入も禁止する方が政策的な整合性がとれます。
仮に禁止できないまでも、せめて国民に選択の権利を与えるために、肥育ホルモン等が使用されていることを国民に知らせる食品表示義務を課すべきです。そこで、安倍総理に対し、食品表示法を改正して表示義務を導入すべきと提案しましたが、従来どおりの消極的な答弁しかいただけませんでした。日本の食の安全は守られるのか不安になります。
そして、さらに問題なのは、TPPが発効すれば、表示規制など国民の健康や生命を守るための規制の新設が、より困難になる可能性が高いことです。なぜなら、TPP協定における衛生植物検疫措置では、規制をめぐって関係国間の意見が分かれた場合などに、輸出国は「協力的な技術的協議」を要請することができるとされ、輸入国は協議に応じなければならないこととされています。
第7・17条 第2項
自国の貿易に悪影響を及ぼすおそれがあると認めるものについて討議するため、被要請国の主たる代表に対して要請を送付することにより、「協力的な技術的協議」を開始することができる。
例えば、アメリカが、日本が新たに導入しようとする表示規制が、「自国の貿易に悪影響を及ぼす“おそれ”がある」と認めれば、「技術的協議」の開催を求められ、日本独自に規制を強化することが困難になる可能性があるのです。
さらに驚くべきことに、こうした協議のために作成される全ての文書は「秘密」にすると規定されています。健康や安全に関わる議論を、なぜ全て秘密にしなければならないのでしょうか。はなはだ疑問です。密室で議論する話ではないはずです。
第7・17条 第6項
協力的な技術的協議における協議国間の全ての連絡及び当該協議のために作成される全ての文書は、(中略)秘密のものとして取り扱う。
石原大臣に対し、なぜこのような条文が設けられたのか、その理由や経緯を聞きましたが納得できる説明はありませんでした。国民の健康や安全に関わる条文です。交渉の過程も含め、十分な説明が求められます。
大筋合意に至るこれまでの交渉過程は「黒塗り」で隠されましたが、国民の安全や健康に関する重要な情報が、これからも隠される可能性が高いのです。こうした協定内容で、国益を守ることができるのでしょうか。疑問は消えません。
それなのに、政府・与党は、来週にも急いで採決をしようとしています。
「隠して、急ぐ。」
こんなやり方では、TPPに対する国民の理解は深まりません。十分時間をかけて慎重に審議を積み重ねていきたいと思います。
編集部より:この記事は、衆議院議員・玉木雄一郎氏の公式ブログ 2016年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はたまき雄一郎ブログをご覧ください。